愛さずにいられない —Prologue—


赤のエースで妄想してみた その1 愛さずにいられない —Prologue—


 セントラル地区にある公会堂の空中庭園、通称ガーデンに赤と黒両軍の幹部数名が集まっていた。それぞれの軍のキング、クィーン、ジャック、エース、そして軍医である赤の7。空には満月が煌々と輝いていた。

 魔法の塔との戦いから半年が経過していた。赤黒両軍の対立は、以前のような緊迫したものではなくなっていた。しかし両軍の間には、まだ未解決のわだかまりが残っている。

「全く、ブランらしくねー強引なやり方だ」

 黒のエース、フェンリルがボソリと呟く。

「それだけ状況が切羽詰まっていたってことだろう」

 シリウスが思慮深げに答えた。

 書記官ブラン・ラパンは直接赤・黒両軍を訪れ、両軍のキングに直談判していた。本来、中立している書記官ブランは軍に直接関与してはならない決まりである。しかしブランは両軍の兵舎を訪れ、これは書記官としてではなく、一国民としての依頼だから、と切々と訴えた。

 ――ある人物をクレイドルに匿いたい。

 それが、ブランから両軍への依頼だった。

「ブランの友人の孫らしいな」

「孫お?あいつ一体幾つなんだ?」

「誰も知らないだろう。あいつより長生きしてるやつはいないんだから」

 ブランは、今夜トンネルが開いてすぐにロンドンに向かった。その人物を迎えに行くために。

「アンリ・ウィリアムズ。二十歳そこそこの女の子らしいですよ。なんだってそんな子が命を狙われる羽目になったんでしょうね……まだ生きているといいんですけど」

「エドガー!」

 赤のエース、ゼロが咎めるような目でエドガーをみた。

「まず彼女の学校の寮に放火され、次に一時的に身を寄せた叔母の家が放火された。さらに彼女が一人で逃げ込んだ教会に柄の悪い男たちが押し込んだ……女の子が一人で生き延びるには、なかなかハードな状況ですよ」

 エドガーが、指を折りながら確認するように言った。

「クレイドルに匿う、というのはいいアイデアです。ロンドンには今、彼女の居場所はどこにもない」

 エドガーの言葉に、ゼロが痛ましげに眉を寄せた。

「……そろそろ戻ってくる頃だ」

 赤のキング、ランスロットが月を見上げながら呟いた時。

 ふわり、とガーデンに風が流れた。

 皆一斉に風が吹いてきた方向を見る。

 ちょうどそちらにブランがやや小柄な人物の肩を抱きながら降り立ったところだった。

 ブランが降り立ったとほぼ同時に、3人の大柄な男が団子になって落ちてきた。あいにく3人のうち一人はうまく降り立つことはできなかったようだ。どさりと大きな音をたて、不格好に転がったまま、呻き声をあげている。どうやら起き上がれないようだった。しかしとっさに受け身をとったらしい残り二人がすかさずブランたちに銃口を向けた。

「悪いな、お嬢さん。仕事なんだ」

「ゼロ!」

「はっ」

 ランスロットの呼びかけとほぼ同時に、ゼロは飛び出していた。走りながら、銃を持つ男たちの手元を狙い、ダガーを投げる。一つは銃を構える男の右腕に命中し、もう一つは残りの銃を弾き飛ばした。男たちが、何事が起きたのか把握する前に、ゼロはもう剣を抜き、ブランと男たちの間に立っていた。わずかな間もおかず、三人の男たちの首や鳩尾に柄を打ち込み、次々と倒した。

 見ている者にとっては、一瞬の出来事だった。

 三人の男たちが動けないのを確認し、落とされた銃を拾って腰にさしたあとで、ゼロはブランたちの方に向き直った。

「怪我はないか?」

「ああ、大丈夫。ありがとう、ゼロ。助かったよ」

 ブランは死にそうになったとは思えない柔らかな声と微笑みで答え、立ち上がると、すぐに一緒に降り立った人物に声をかけた。

「アンリ、大丈夫だったかい」

 ブランの手前に座り込んでいた娘は、大きな目に涙をためたまま、ただゼロを見上げていた。

 ゼロは彼女と目線を合わせるように片膝をついた。

「怖かったな、もう大丈夫だ……」

 ゼロが手を差し出した時、彼女の大きな目から、堰を切ったようにボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちた。

「泣かないでくれ、もう大丈夫だから」

 伸ばした手を宙に浮かせたまま、ゼロが戸惑う声を出す。

 ゼロは少し考えた後、ポケットからキャンディをとりだし、泣いている彼女に差し出した。彼女は大きな目でキャンディを見たが、受け取らなかった。ゼロは続けて別のポケットから他のフレーバーのキャンディをいくつか取り出す。

「いや、フレーバーの問題じゃねーだろ。赤のエースはちょっと変わってるな」

「でもあの子の涙は止まってるぜ。効果あったんじゃねえ?」

「そりゃ軍服のポケットから次々棒付きキャンディが出てきてびっくりしてるんだろう……手品かよ」

 ゼロの背後で次々と黒の軍の幹部の声がした。皆こちらにやってきたらしい。

 ふと、彼女の顔に淡い微笑みが浮かんだ。彼女はそっと手を伸ばし、ゼロが差し出したキャンディの束を受け取る。

 ゼロはホッと息を吐くと、キャンディを持っていた方の手で彼女の頭をひと撫でした。

「立てるか?」

 ブランと両脇から支えるようにして、彼女を立たせた。足元が震えて、まだおぼつかないようだ。それでも、彼女はゼロを見上げると、深々と頭を下げ、

「助けてくださってありがとうございました」

と消え入りそうな震える声で言った。

「状況は聞いていたより悪そうだ……ブラン、彼女は赤の兵舎で預かろう。お前の家に滞在するより、その方が護衛しやすい」

 ランスロットが言った。

「アンリ、それで構わないかい?もし一人で知らない所に滞在するのが心細ければ、当初の予定通りうちに来てくれて構わないんだよ」

 ずっとうつむいたままのアンリは、消え入りそうな声で答えた。

「大丈夫です。……どうぞ、よろしくお願いします」

「そっちの三人はこちらで預かる。彼女からなるべく離した方がいいだろう」

 レイが合図すると、黒のジャック、ルカが手際良く気を失っている男たちを縛り始める。赤のクィーン、ヨナが手伝おうとして手を払われていた。

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