仔犬のしっぽ


赤のエースで妄想してみた その2 もふもふイベント補完ショートストーリー


「動物の言葉がわかるようになるの?すごい、飲んでみたいです!」

 アンリはハールの魔法薬の試作品を飲み干した。

 これでリコスと話せるようになったらいいな、ぐらいの軽い気持ちで。

 初めて口にする魔法薬は、とろりとした見た目に反して、ほとんど味がなく、微かに甘い花のような香りがした。

「気分が悪くなったりはしてないね?」

「はい。特に何か変わった感じはしません」

 アンリが首を傾げていると、窓からフクロウが飛び込んできた。

「やあ、スウ。おかえり。アンリ、スウと話せそうか?」

 アンリはわくわくしながらスウに向き直った。

 でも、どんなに集中してもフクロウの鳴き声しか聞こえない。

「フクロウの鳴き声しか聞こえません……」

「そうか」

 ハールは心持ち肩を落としたが、ちょっと考え込んだ。

「あ、じゃあ私はそろそろ兵舎に戻ります」

「薬の効果が出るのに時間がかかるかもしれない、もう少し様子をみた方がいいんだが」

「ごめんなさい、今日はゼロが夜勤明けでもうすぐ帰ってくるから、おかえりとおやすみを言いたいんです」

 ハールはアンリの言葉を聞いて、微笑んだ。

「そうか」

「何か変化があったら、また報告にきます。ハールさん、薬草を分けてくださってありがとう」

「どういたしまして。またいつでもおいで」

「……いつか、ゼロと来てもいいですか?」

「ああ、もちろん。彼さえよければ」

 ハールの笑みが深くなった。

「ありがとうございます。じゃ、また。ロキさんにもよろしく」

 アンリはハールに分けてもらった珍しい薬草の株を手に、彼の家を後にした。  

 まさに森を抜け、赤の領地に出ようとしたころ。

 ぐらり、とアンリの視界がかしいだ。

「あら?あららら……」

 突然周りの木が伸び始めた。アンリの立っている地面が沈んでいるように視界が変わっていく。でも足元を見ると、地面は近づいてくる。

(違う、これは、私が縮んでるんだ!)

 アンリが動けなくなってる間にどんどん視界は変わり、いつの間にかアンリの視界は足元に生えていた草で遮られていた。

(ずいぶん縮んじゃった……)

 気がつくと、アンリは四つん這いになっていた。二本足で立とうと試みてみたが、バランスが取れず、すぐに尻餅をついてしまった。

 見て確かめると、自分の両手、両足はもふもふとした毛に覆われていた。

(縮んだだけじゃない、私何かの動物になってる……!)

 アンリのいた場所には、さっきまで着ていた制服や、ゼロにもらった髪留めが落ちていた。

(よし、ひとまず兵舎に帰ろう)

 アンリは髪留めだけは持って帰ろうと色々工夫したが、丸い手で掴むことはできない。仕方なく、口でくわえて持って帰ることにした。

 アンリは途中で店のショーウィンドウのガラスを覗きこみ、自分の姿を確認した。

(予想はしてたけど、やっぱり仔犬かあ……)

 彼女は、自分の髪と同じ色の、もふもふの仔犬になっていた。

 アンリは兵舎のほど近くで、立ち話をしている制服姿のゼロと私服を着たエドガーを見つけた。

(あ、ゼロ!おかえり!)

 アンリは髪留めを一旦地面に置くと、元気に吠えた。

 ゼロとエドガーがびっくりした顔でこちらを向く。

「おや、迷子ですか」

 動物には優しいエドガーがまずはアンリのところにやってきた。すぐにアンリの足元の髪留めに目を止め、蹲み込んだ。

「これは……ゼロ、これはお前がアンリに贈ったものではないですか」

 ゼロも慌ててやってきて、髪留めを確認する。

「間違いない。俺が贈ったものだ。どうしてここに……アンリに、何かあったのか」

 ゼロの表情が険しくなる。

「落ち着きなさい。この髪留めをつけたアンリに何かあったなら、あのお前にだけお節介な大魔法使いがすぐに現れるでしょう。彼の守りの魔法はまだ有効なんでしょう?」

「でも、今のアンリは髪留めをつけてない。やっぱり探しに行かないと……」

「闇雲に探しても意味がありません。落ち着きなさい。アンリは今日は?」

 目に見えて動揺するゼロに、エドガーの声が厳しくなる。

「ハールのところに薬草をもらいに行くと言っていた。でも、もう帰ってきもいいはずだ。俺は今から森まで行く」

(ゼロ、私だよ!私は、ここにいるの)

 一生懸命訴えかけるが、アンリの口から出てくるのは仔犬の鳴き声でしかない。

 ゼロは吠えるアンリのそばに蹲み込んだ。

「頼む、これを見つけたところまで連れて行ってくれるか?」

 ゼロの切実な表情と声に、彼がどんなに心配してくれているかわかる。

(お願い、ゼロ、わかってよ)

 アンリは一生懸命吠え続ける。

 じっとアンリの様子を見ていたエドガーが、呟いた。

「仔犬ちゃん……」

(エドガー、わかるの?私だよ)

『仔犬ちゃん』というのは、以前よくエドガーがアンリに使っていた呼び名だ。 

 アンリは夢中でエドガーに訴える。出てくるのは仔犬の鳴き声だけだけど。

「お前がアンリなら、その場で三回回って一回だけ吠えてごらん」

 エドガーの言葉に従い、アンリはその場で三回くるくると回ると、一吠えした。

 エドガーは自分で言っておきながら、アンリの反応に驚いた顔をした。

 ゼロもびっくりしてアンリを見ている。 

「お前がアンリなら、右手で握手して」

 アンリは右手をエドガーの手に乗せる。

「待て、エドガー、お前この間も借りてきた仔犬に芸を仕込んで同じことして俺を騙したじゃないか」

 ゼロがエドガーを睨む。

(エドガー、そんなことしてたの……?なんて手のこんだいたずらを……)

 思わずアンリの喉から、仔犬らしからぬ唸り声が出た。

「怒らないでください、まさかこんな馬鹿げたことが本当に起こるとは予想してなくて」

 エドガーは苦笑しながらアンリの頭を撫でる。

 アンリはその手をいっそ噛んでやろうかと思った。

「ゼロ、今度は仕込みじゃありません、信じてください」

 ゼロがまだ疑いに満ちた目でエドガーを見つめる中、そのあともエドガーはいくつか質問をして、アンリは全てに答えた。

「ではアンリ、最後の質問です。あなたとゼロの関係は?1番、友人、2番、恋人、3番、家族……」

 アンリはすかさず4回吠えた。

 エドガーがコロコロと笑い出した。

「4番、『全部』ですか……。あなたらしい答えですね」

「なんでお前たちはそんなに気が合ってるんだ」

「俺とアンリは元々仲良しですよ。ゼロ、どういう事情かは分かりませんが、この子はアンリです、間違いありません。早く部屋に連れて帰って保護することを勧めます」

 ゼロはまだ戸惑うような目でアンリとエドガーを見比べる。

「お前はずいぶん疑い深くなりましたねえ。まあ、今回ばかりは俺の日頃の行いがたたりました」

 エドガーは苦笑した。

「じゃあ、俺が保護してもいいんですね?」

 エドガーが言うと、ゼロは無言のままアンリをそっと抱き上げた。

「お前は兵舎に戻って、仔犬と一緒に部屋で一時間ほど待機していなさい。そんなに心配なら、俺が森の大魔法使いのところへ行って話を聞いてきましょう。おそらく彼のもとで原因になる何かがあったはず……馬を借りますよ」

「エドガー……」

 驚くゼロを置いて、エドガーはゼロの馬に乗り、出かけて行った。

 ゼロは少し気まずそうな表情でエドガーを見送ったが、腕の中のアンリを見ると、ふっと表情を和らげた。

「まずは部屋に戻るか」

 ゼロの部屋に戻ると、アンリは泥だらけだった手足をきれいに拭いてもらい、温かいミルクをもらった。

 ミルクを飲み終えたアンリはすぐにゼロのそばに行った。ベッドに腰掛けていたゼロは、そっとアンリを膝の上に乗せる。アンリを見つめながら微笑んだ。

「確かにお前はアンリにそっくりだな……アンリも初めて会った時から、全然俺のことを怖がらないで、よくそうやって俺の顔をじっと見上げてた」

 そうだったかな。

 言われてみると、確かに初めて会った時から、アンリはゼロの優しい青い目が大好きで、よく覗き込んでいたような気もした。

 アンリを見ていたゼロが、おかしそうに笑い出した。

「お前、そんなに尻尾を振るとちぎれてしまうぞ」

 アンリは初めて自分の尻尾を意識する。振り返ってみてもよく見えない。アンリは尻尾を見ようとしてくるくるとその場で回ってしまった。

(あっ、これ仔犬がよくやるやつだ!)

 ゼロがまた楽しそうに笑う。

 アンリは鏡の前に行くと、横向きになって自分の尻尾を映してみた。

「お前賢いな」

 ゼロが、今度は驚いたように言った。

 鏡で確認すると、確かに尻尾は高速でパタパタと振られている。意識を集中するとなんとか止めることはできた。でもゼロの顔を見ると、再びパタパタ上下し始めるのが自分でもわかった。

(そうか、犬は自分で尻尾を振ろうとか思ってないんだな)

 嬉しい気持ちになると、勝手に尻尾が動いてしまうのだ。どうしても尻尾が気になってしまうアンリを、ゼロが優しく抱き上げた。

「もう気にするな」

 首の辺りをくすぐるように撫でられて、アンリはうっとりと目を閉じた。

「困ったやつだな。うちにはもうリコスがいるのに、お前のことも置いておきたくなってきた」

 ゼロが、困ったように笑う。

「アンリに相談したら喜んで世話してくれそうだけど……、今度は俺がお前にヤキモチやくはめになりそうだ」

(ええーっ!)

 ゼロの可愛い言葉が嬉しくて、アンリの尻尾はさらに高速でパタパタ動いた。

 だけどゼロの表情は暗い。

「お前が本当にアンリならいいんだが……」

(ゼロ、私だよ、アンリだよ!)

 一生懸命訴えかけるが、鼻から甘えたような声が出るだけだった。

「エドガーは、よく俺をからかうけれど……アンリが危険な時に嘘をつくような奴じゃない……」

 ゼロは自分に言い聞かせるように呟いた。アンリを今すぐ探しに行くべきなのか、エドガーを信じてここで待っているべきなのか、まだ葛藤しているのがわかる。

(ごめんね、ゼロ、心配かけて)

 ゼロは、本来優秀な軍人だ。どんな時にも、冷静な判断ができる人だ。そんなゼロがこんなに動揺しているのは、アンリのことだから。

 アンリにもそれがよくわかって、泣きたい気持ちになった。

 暗い表情のゼロが気になったのか、リコスもベッドに腰掛けるゼロの膝に頭を乗せ、鼻を鳴らすような甘えた声をたてた。

「リコス、挨拶しろ」

 ゼロはリコスの前にアンリを差し出した。

 リコスはアンリの匂いを嗅ぐと、驚いて言った。

「アンリじゃないか、一体どうしたんだ、小さくなってしまって」

「リコス、私がわかるの?魔法薬のせいで、この姿になってしまったの」

「そうか、それは大変だったな。……何、大丈夫だ。安心しろ、兄ちゃんが守ってやるからな」

「えっ」

(リコス、私のお兄ちゃんのつもりだったの……)

 アンリの方がお姉さんのつもりだったのだが。意外な事実にアンリは動揺した。

「それよりお前、仕事が忙しいのもわかるが、もう少しうちのご主人様と一緒にいてやれないのか」

 リコスは思ったよりも大人びた口のきき方をするな。アンリは驚きながらもリコスとの会話を続ける。

「どうしたの、急に?そりゃ一緒にいたいのは山々だけど……」

「お前がいないとキャンディの消費量が大幅に増えるからな。ご主人様の体調が心配だ」

 ゼロは疲れた時や辛い時に、キャンディを食べる。寂しい時にも。

 アンリはぎゅうっと胸を掴まれたように、切なくなった。

「ゼロ、私がいないと寂しいのかな」

「当たり前だろう。俺だけじゃもうだめなんだ」

「わかった。もっとゼロと一緒にいるようにする」

 本当はアンリもゼロともっと一緒にいたい。だけどゼロの仕事は忙しいので、疲れているのではないかと、つい遠慮してしまうことが何度もあった。

「そうしろ。せっかく仔犬に戻ったんだから、これからはずっとそばにいてやれるだろ」

「え、戻った……?」

「お前、元々仔犬だったじゃないか。馬鹿だな、忘れてたのか?」

「ええっ?何言ってるの、私は人間よ」

「おいおい、しっかりしろよ。お前は元は仔犬だっただろ?ちゃんと思い出せ」

 リコスにそう言われると、だんだん本当に自分が仔犬だったような気がしてくる。いや、そんな馬鹿な。仔犬ちゃん、て呼ばれてたけど。いや、違う。ちゃんと私はゼロの恋人のはず。頭が混乱してくる。私一体どうしちゃったの。

「……アンリ」

 眉間を優しく撫でられて、アンリはハッと目を開いた。

 心臓がドキドキしていた。

 アンリはゼロの胸にうつ伏せるように寝ていて、すぐそばにゼロの優しい顔があった。ゼロが微笑んでいるのを見て、アンリは安心した。

「うなされてたぞ、大丈夫か?」

「……全部、夢?」

 アンリはホッと息を吐くと、もう一度そっとゼロの胸に頭を預けた。

 ゼロの指が、優しくアンリの髪をすく。

「お前が可愛い仔犬の姿で兵舎に戻ってきたのは現実だ。さっき突然俺の腹の上で人間に戻った」

「ええっ!」

 アンリは驚いて、改めて自分の状態を確認した。ベッドに仰向けに寝転がったゼロの上に、うつ伏せに寝そべっていた。しかも裸で。背中からブランケットがかけられていた。

「ごめんなさい、重かったでしょう」

 慌てて離れようとしたけれど、ゼロの腕がアンリを抱えて離さなかった。

「別に重くない。俺はもう少しこのままでいたい」

 アンリの体に回った腕に少し力が込められた。

「あんまり心配かけないでくれ」

 小さな声でゼロが言った。

 そうだ。ゼロは、すごくアンリのことを心配してくれていた。胸がちくりと痛むが、やっぱりこの格好は落ち着かない。

「ごめんなさい、心配かけて。でもゼロ、せめて降ろして」

「しょうがないな」

 ゼロは笑うと、アンリを抱えたまま、コロリと横向きになった。

 ゼロの腕が、ちょうどアンリの枕になる。二人の距離はほとんど変わらなかった。

 アンリは慌てて、はだけたブランケットを首まで引っ張り上げた。

「どこから、夢だったのかな……」

「急にうなされ始めたから起こしたんだ。どんな夢を見てたんだ?」

 前髪が触れるぐらい近くで、ゼロが優しく尋ねる。少し低くて、甘い声。

 枕になってる方の手が、アンリを抱き寄せるようにして、優しく髪を弄ぶ。

 髪に触れるゼロの手の優しさに誘われるように、アンリはリコスとの会話を、ゼロのキャンディの話だけ上手に飛ばして話した。

 ゼロは大笑いした。

「お前とリコスが何を話してたかはわからないけど、確かにリコスは、後からきたお前のことを妹だと思ってるかもしれないな」

「ええっ、私の方がお姉ちゃんのつもりだったのに」

 ゼロがまたおかしそうに笑った。柔らかい髪が肩に触れて、くすぐったい。

 ゼロはおかしくて仕方ない、という表情のまま、額を合わせるようにして、アンリを覗き込む。

「でも、お前はちゃんと人間の女の子だから安心しろ」

「うん」

 二人で顔を見合わせて、クスクスと笑った。

「お前は仔犬になっても可愛くて困った」

 いつの間にかブランケットの中に潜り込んでいたゼロの手が、するりと、アンリの腰の辺り、尻尾のあった辺りに滑った。

 アンリの肩がかすかに跳ねて、ゼロの胸のあたりに置いていた手で反射的にシャツを掴んだ。

「お前はずーっと尻尾を振ってたな」

「仔犬になってわかったんだけどね、あれ、自分ではどうにもできないの。嬉しいと尻尾が勝手に動いちゃうの」

「何がそんなに嬉しかったんだ?」

 ゼロが不思議そうに訊く。

「え、だってゼロがいたでしょ」

 アンリがどうしてわからないんだ、と不思議そうに答える。

 ゼロが一瞬ぽかん、とした表情になった。

「お前は俺といるだけで、あんなに尻尾振るぐらい嬉しいのか」

(あ、なんか恥ずかしいことを言ってしまった気がする)

 じわじわと頬が熱くなった。アンリはゼロの顔を見れなくなってしまい、彼の胸に顔を埋めるようにして、小さな声で答えた。

「うん、嬉しい」

「……困ったやつだな」

 ゼロは、小さく笑うと、アンリを抱き直すように両腕に力を込めた。

 アンリの顔を強引に覗き込んで、微笑む。

「俺も、同じだ。お前がそばにいるだけで、すごく嬉しい」

「ゼロ……」

 アンリはリコスとの会話を思い出した。夢だったのか現実なのか、わからないけれど。

「あのね、本当はもっと一緒にいたかったの。でも、ゼロの仕事は大切だから、邪魔にならないように、我慢してたの」

「……すまない、気がつかなくて」

「でも今度から、もう遠慮するのやめるから……もし仕事の邪魔しちゃったり、疲れてる時は……ちゃんと教えてくれる?」

 ゼロが微笑んだ。

「お前が邪魔になることなんてあり得ない。前に言っただろう、お前がいてくれるだけで俺は元気になれる」

 アンリも微笑みを返す。

 二人は、どちらからともなく唇を合わせた。

「リコス、ハウス」

 ゼロの号令で、リコスはバスルームの扉の向こうに消える。リコスは扉の手前で、どうぞごゆっくり、とでも言うようにパタパタと尻尾を2、3回振ってみせた。

 リコスはやっぱり意外と大人なのかもしれない、とアンリは思った。

 アンリの、尻尾のあったあたりに置かれていたゼロの手が、明確な目的を持って動き始める。アンリはいつの間にか仰向けになっていた。背中に触れるシーツの冷たさが、心地いい。

「ゼロ、……」

 アンリが戸惑うように名前を呼ぶと、ゼロが困ったような顔で覗き込んできた。

「駄目、か?」

 そんな顔するのは、ずるい。

 本当はアンリの方も、こんな格好で好きな人の腕の中にずっといたから、もっと触れて欲しくなっている。

「駄目じゃない……けど……明るいから」

 まだ日暮れの時間は遠く、カーテンを閉めていても部屋の中は明るい。

「その……あんまり、見ないで、ね」

 アンリがゼロの肩に額を押し付けるようにして言うと、ゼロが小さく笑った。

「努力はする」

 少しかすれた優しいささやきとキスが、アンリの耳に落とされる。

 アンリはくすぐったくて身を捩ると、そのまま目を閉じて、ゼロの背中に両腕を回した。

 心地よい気怠さの中で、ついうとうとしてしまったらしい。アンリが目を覚ました時、ゼロは身支度をして出かけるところだった。

「お前の制服を回収してくる」

「私も一緒に行く」

「お前は寝てていいぞ」

「一緒に行きたい」

 ゼロはアンリの顔をみると、何かを思い出したように微笑んだ。

「待ってるから支度しろ」

 アンリはゼロの部屋に置いてあった着替えを急いで身につけ、二人で部屋を出た。

「あれ?」

 ドアの脇に、箱が置かれていた。箱の中には、アンリが森の中で脱ぎ捨ててきた制服一式とハールにもらった薬草が入っていた。エドガーのメモが添えられている。

大魔法使いの話を聞いてきました。特に心配はなさそうです。野暮なことはしたくないので、回収してきた制服はここに置いておきます。洞察力に優れた師匠に感謝するように。

アンリ、これからは外で不用意に物を口にしないように

 アンリとゼロはちょっと気まずい気持ちで顔を見合わせた後、小さく笑った。そしてお礼をいうためにエドガーの部屋に向かった。

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