素敵な朝


赤のエースで妄想してみた その7 素敵な朝


 指先が、くすぐったい。

(……ゼロ……?)

 まだ眠たい目をゆっくり開けると、シーツの上に伸ばされたアンリの指を、リコスが鼻先でつついていた。

 目が合うと、アンリに何かを訴えるように、くうくうと切なく鼻を鳴らす。

「ふふ。おはようリコス。お腹すいた?」

 小さな声でリコスにささやいて、頭を撫でてやった。

 ゼロはアンリを後ろから抱きしめるようにして、まだ穏やかな寝息を立てている。

 もう少しこのまま、ゼロの腕の中にいたいけれど、リコスの訴えも切実そうだ。このまま放っておくと、ゼロのことまで起こしかねない。

 アンリはゼロを起こさないように、彼の腕の中からできるだけ静かに抜け出した。

 どこかあどけない顔で眠っているゼロの頬に、そっとおはようのキス。

 それだけで何だか幸せな気持ちに満たされて、アンリは知らず微笑んだ。

 それからやっと自分が何も着ていないことに気付いて、慌てて周りを見回した。そこら中に脱ぎ散らかした服が散乱していた。

(昨夜は、二人とも……ちょっとお行儀が悪かった……)

 昨夜のあれやこれやを思い出してしまい、じわじわと頬が熱くなる。

 甘い記憶を振り切るように、手近にある服を引き寄せると、それはちょうど、ゼロの白いシャツだった。

 ちょっとしたいたずら心が湧いてきて、アンリはそのシャツを羽織ってみる。

(わあ、やっぱり大きい)

 かすかに、よく知ってるゼロの匂いがした。何だかゼロに抱きしめられているみたいで、嬉しくなる。

(リコスにごはんをあげる間だけ、かりちゃおうかな)

 アンリはゼロのシャツを着たまま、ベッドを静かに抜け出した。

「夜は食堂でお肉もらってあげるからね」

 水とビスケットの朝ごはんを用意してやり、リコスが嬉しそうに食べる様子を少し眺めてから。

 アンリはひとまず部屋に脱ぎ散らかされた二人の服を片付け始めた。

 いつもは几帳面なゼロの制服の上下も乱雑に床に脱ぎ捨てられている。

 昨夜は二人とも、どうかしていた。 

 ――素敵な夜では、あったけど。

 部屋に戻ってすぐにキスをして。

 そのままベッドにもつれ込んで、何度も抱き合って。

 今、二人の体が別々になっているのが不思議なぐらいに溶け合った。

 シャツから香るゼロの匂いに、再び甘い記憶が蘇る。

 ほうっと思わず切ないため息をもらしたアンリは、はっと我にかえって赤面した。慌てて気を取り直して、脱ぎ捨てられた服を一枚一枚拾い上げていく。ゼロの制服はハンガーに掛け、残りはソファの背もたれにかけた。

 ふと、テーブルの上に置かれた軍帽が目に入った。

 軍帽をかぶっているゼロはかっこいい。きりっとしたゼロを思い出して、アンリは何となく手に取り、鏡の前でかぶってみた。

「あれっ」

 軍帽はすぐにずり落ちてしまい、つばの部分に目隠しされてしまう。

 何だかしまらない。

 なんとかゼロみたいにかっこよくかぶれないものかと帽子の向きを変えてみたりしていると、ベッドの方から小さな笑い声が聞こえてきた。

 慌てて振り返ると、まだ眠っていると思っていたゼロが、横になったままクスクスと笑っていた。

(み、見られてた……)

 しゅうしゅうと音を立てそうなぐらい頬も体も熱くなる。

「……いつから起きてたの?」

 アンリは軍帽をテーブルに戻してゼロのそばへ行った。

「わりと前から。お前が面白くてずっと眺めてた」

「……勝手なことしてごめんなさい」

「構わない。何だったら俺の制服全部着てみるか?」

 真っ赤な顔のまま謝るアンリに、ゼロは笑いながらそっと手を伸ばした。

 アンリは誘われるままにゼロに近づき、今日2回目のおはようのキスをする。

 今度は、唇に。

「おはよう」

 二人で額を合わせて微笑み合う、素敵な朝の始まり。

「もうちょっとだけ、このシャツ着ててもいい?」

「そんなに気に入ったのか?」

「ゼロに抱きしめられてるみたいで、安心する」

 アンリの髪を撫でていた手がぴくりと止まって、ゼロの頬が赤くなった。

(あれ?またなんか恥ずかしいこと言っちゃった、かも……)

 やっと落ち着き始めていた頬がまた熱くなる。

 いたたまれない気持ちで俯いてしまったけれど、無言のゼロが気になって、そっと見上げる。

 お互いに赤い顔を見合わせて、先に笑い出したのはゼロだった。

 小さく吹き出したかと思うと、ゼロは髪を撫でていた腕でそのままアンリを抱き寄せ、腕の中に閉じ込めてしまった。

「わっ」

「本当にお前は、困ったやつだな」

 耳元で、笑いを含んだ、少し低くて甘い声がする。

 困ったやつだと言われても、ゼロに抱きしめられるとやっぱり嬉しい。腕の中のアンリを覗き込むようにして、ゼロが微笑んだ。

「シャツのほうがいいか?」

 わかり切った質問に、アンリも笑いだしてしまった。

「本物がいい」

 アンリがゼロに抱きつくと、ゼロはその勢いのまま、アンリを抱えてベッドに転がった。

 額を寄せ合うようにして、笑う。

 今日は、二人揃って久しぶりのお休みだから。

 二人でたくさん笑って、じゃれあって。

 ベッドから出るのは、もう少しだけ、先延ばしすることにした。

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