愛さずにいられない —第十一話—


赤のエースで妄想してみた その1 愛さずにいられない —第十一話—


「え、黒の兵舎に?」

 カイルが明日黒の兵舎に予防接種に行くから、お前も一緒に来ないか、と言い出したのは、夕方近くになってからだった。

「俺は大反対だ。科学の国からアンリを追いかけてきた奴らは、黒の兵舎にいるんだよ?なんでそんな危険なところにアンリが行かなきゃならないのさ」

 真っ先に反対を唱えたのはヨナだった。

「まあ、俺もそう言ったんだけどよー、奴らは牢に収容されているから大丈夫だっていうんだよな。絶対アンリを危険な目にあわせたりしない、安全は保証するとは言ってるけど」

「行かなくていいよ、アンリ。危険すぎる」

「うん……」

 ヨナのいうとおりだ。あえて危険に近づく必要はない。

「カイルは、毎年黒の軍の予防接種に行ってるの?」

「まさか。最近まで対立していたからな。いくら俺が非戦闘員でも敵陣にはおいそれといけねーよ。今回が初めてだ」

「えっ」

 赤黒の対立が深刻ではなくなったクレイドルにおいて、それはとても画期的なことなのではないだろうか。最初はカイルだけでも、いずれ兵士たちが領地間をもっと自由に行き来できるようになるかもしれない。非戦闘員のカイルは、きっかけとして最適だろう。

 ロンドンからの追っ手との距離が近づいてしまうのは怖いけれど。

 アンリはぎゅっと拳を握りしめた。

「わかった、私も一緒に行く」

「アンリ……!」

 ヨナは最後まで強固に反対したが、帰ってきたらミルフィーユを一緒に食べる、という条件と引き換えに折れてくれた。

(なんでそんな条件になったのかよくわからないけど……)

 アンリはその夜、明日は重要な仕事を控えているという覚悟のもと、緊張しながら眠りについた。

 黒の兵舎までは馬車で移動した。

 馬車に積んだ荷物を降ろし、運ぶのは黒の兵士たちが手伝ってくれた。アンリも大きいが軽い箱を持って兵舎に入ることになった。

 カイルの背中を見ながら廊下を進んでいくと、突然、足元に何かがにょろりと触る感覚がした。アンリは思わず小さな悲鳴をあげ、足元を見ようとしたが、手に掲げている箱が邪魔で見えない。もふもふした感触だけど、ニョロニョロ動く何か長いものが数字の8を描くように両足に巻きつきながら、動いている。得体のしれない生き物が足元にいる。黒の軍怖い。アンリは怖くて動けなくなった。

「カイル、カイール、なんか足元にいる……!」

 アンリは泣きそうになりながら前を歩くカイルの背中に助けを求めた。

 アンリの声に驚いて振り返ったカイルが、吹き出した。

「あー、なんかいるな、かわいいのが」

(か、かわいい?)

 カイルも大きな荷物を持っているので、助けてはくれない。 

「うちのボスの猫だ。ごめんな、驚かして」

 カイルとは別の声が聞こえたので声のした方を見ると、顔の前に猫が現れた。綺麗なロシアンブルーの小さな猫だ。両わきに手を入れて持ち上げられた格好で、無防備にだらんと伸びている。

 アンリを見て、小さな声で鳴いた。

「……ほんとだ、かわいい」

 アンリはさっきまで怖がっていたのをすっかり忘れて、涙ぐんだ目のままで小さく笑った。

「ふふ、挨拶しに来てくれたの?ありがとう」

 両手はふさがっているので、そっと猫の頭にキスをすると、もう一度小さな可愛い鳴き声が返事のように返ってきた。

「俺にも挨拶してくんない?」

 アンリが顔をあげると、猫を持ち上げた男性が、笑っていた。カジュアルな格好をしているのに、どことなく品のある男性だ。笑うと、とても華やかな印象だった。

「……こんにちは」

「なんだ、キスは猫だけか」

 彼はさらりと言うと、赤くなるアンリから、ひょいと箱を受け取った。

「あんたはこっち持っててな」

「わっ」

 空いた両手に、さっきのロシアンブルーが乗せられた。

 柔らかな温もりを抱きかかえると、自然と頬が緩んだ。

(ふふ、可愛い……)

「人の猫だしにして口説いてんなよ、相棒」

 突然、背後から笑いを含んだ別の声がして、ロシアンブルーはするり、とアンリの肩越しに逃げてしまった。振り返ると、黒髪の男性が駆け寄ってきたロシアンブルーを抱き上げるところだった。彼の動きも、どこか猫のようで、優雅でしなやかだった。

「別に口説いてねーよ。ベルが先に彼女にちょっかい出したんだぜ?」

「へえ?」

 黒髪の男性の緑の瞳が、まっすぐにアンリを見た。そしてわざとらしく目を丸くした。

「……赤の軍はこんな子供を働かせてんのか?」

「私はちゃんと20歳超えています」

 アンリは憤慨して言い返した。失礼にもほどがある。

「嘘だろ?15、6にしか見えねえな」

「髪を長くして結い上げれば、ちゃんと年相応に見えます」

「髪型の問題とは思えねえけどな?」

 黒髪の男性は猫を撫でながら、喉の奥で笑っている。どこか楽しそうだ。

「俺が老けてっからちょうどいいんだよ、うちは。あんまりいじめないでやってくれ」

 言葉に窮したアンリに、荷物を運び終えて戻ってきたカイルが、やや自虐的な助け舟を出してくれた。

「いじめてない。猫に驚いて泣きべそかいてるような子供に看護師ができるのか心配してるだけだ」

 黒髪の男性は、心外だ、と言うような顔をして見せた。

(ひどい……でも、もっともだ)

 アンリは赤くなり、慌てて袖でグイッと目元を拭った。

「相棒、悪いクセが出てんぞ」

 さっき最初に猫を抱き上げてくれた、華やかな男性が、戻ってきた。黒髪の男性を肘で小突く。

「悪いな、悪気はないんだ、こいつも」

 彼はそういってアンリに爽やかな笑顔を向けた。

「どうしたお嬢ちゃん、うちのガキどもがなんか失礼なことやらかしたか?」

 今度は、長身の、鋭い目つきの男性が現れた。明らかに他の兵士より年長で、細身なのに貫禄があった。

「何もしてねーよ、いや、……レイがちょっと失礼なこと言ったかな」

「しょうがねえな、全く。お嬢ちゃん、勘弁してやってくれ。あとでよく言って聞かせとくから。……俺は黒のクィーンのシリウスだ。よろしくな」

「アンリです、よろしくお願いします」

(この人が黒のナンバー2かあ。なんとなく、この人がキングなのかと思ったんだけど)

「そういや名乗ってなかったな。俺はエースのフェンリル」

 さっきの華やかな男性が言った。

「フェンリル?」

 アンリは思わず馴染みのある名前に反応してしまった。そういえば、ゼロも言ってた。黒のエースは『フェンリル』だって。

「お、なんだ?」

「えっと、気を悪くしないでくださいね。……子供の頃一緒に暮らしていた犬と同じ名前なんです」

「犬う?」

「不幸な偶然だったな、フェンリル」

 眉をしかめるフェンリルに、シリウスと黒髪の男性が声をたてて笑った。

「……ごめんなさい」

 やっぱり言わない方が良かったと反省するアンリに、フェンリルは微笑んだ。

「いい犬だったのか?」

「はい。すっごく賢くてかっこいい犬です」

 力を込めてアンリが言うと、フェンリルはからりと笑った。

「じゃ、まあいっか。あとアンリ、俺にはさん付けも敬語もいらねーから。」

 あっさりしたフェンリルに、アンリもつられて笑った。

「レイだ。レイ・ブラックウェル」

 最後に猫を抱いた黒髪の男性が名乗った。

「キングだ」

「えっ!」

「なんだよ。なんか文句でも?」

「いえ……、黒のキングがこんなに意地悪な人だと思ってなくて」

 アンリの口からするりと正直な気持ちがこぼれてしまった。

 本当に意外だったのだ。年齢や身分を気にせず、誰とも対等でいようとする気持ちの良い青年だと聞いていたから。

 アンリは失言に気づいて思わず自分の手で口を塞いだ。

 シリウスとフェンリルが爆笑する。

「お前、見かけによらず結構言うな」

 レイが呆れたように言った。

「ごめんなさい」

「お嬢ちゃん、俺たちは一度ガーデンで会ってるんだ。あんたがクレイドルに来た夜に」

 そういえば、あの夜は黒の幹部もいたはずだ。でも、ほとんど記憶にはなかった。

「……ごめんなさい、着いた夜のことは、よく覚えていなくて」

「まあ、とんだお客さん連れだったしな」

 気を使うように微笑むシリウスの言葉に、レイが続けた。

「ずっとうつむいてたからだろ」

 確かにあの夜、アンリは疲れ果てていて、ずっとうつむいていた。

 失礼な態度だったことを謝ろうとレイを見ると、彼は意外なほど優しい顔でアンリを見ていた。

「元気になったんだな」

「俺たちも心配してたんだぜ」

 レイだけではなく、フェンリルも、シリウスも微笑んでいた。

「……ありがとう」

「本当はルカやセスも会いたがってたんだけど、事件の調査に出かけてるんだ」

「事件?」

「誘拐未遂。5歳の女の子が攫われそうになったらしい。お嬢ちゃんも気をつけな」

「女の子は、大丈夫だったの?」

「ちょうど巡回の兵士が通りかかって無事だったらしい」

「良かった」

 クレイドルでもそんな事件が起きるのか、とアンリは少し意外な思いだった。

「アンリ喋ってないで仕事はじめんぞー」

「はい!」

 カイルに呼ばれて行こうとするアンリに、フェンリルが聞いた。

「犬、好き?」

「大好き」

「あとで俺の愛犬紹介させてくれ」

 フェンリルがウィンクして見せた。

「ありがとう、楽しみ!」

 アンリは笑顔を返した。

 フェンリルの愛犬は毛艶のいいジャックラッセルテリアだった。

 予防接種を終えてからフェンリルの愛犬シュシュを紹介してもらったアンリは、花壇の脇にあるベンチでシュシュと遊んでいた。リコスより一回り小さいシュシュは三角に垂れた耳と短い尻尾が可愛らしい。

 シリウスがカイルに相談があるとかで、二人は執務室で話し合っている。その間アンリはフェンリルと外の空気を吸いに出たのだが、フェンリルが部下らしき兵に呼ばれて、どこかへ行ってしまった。5分ほどで戻ってくるからと、アンリにシュシュを任せて。

 そしてアンリの傍らには、なぜかレイが残った。

(部外者だから、やっぱり監視が必要ってことかな。キング自ら、って言うのがよくわからないけれど)

 レイは黒の軍の最高司令官なのに、やっぱり敬語はいらない、とフェンリルと同じことを言った。アンリはこんなところでも赤の軍と黒の軍の違いを感じた。

「お前犬は平気なのな」

「犬は、慣れてるの。猫も怖いわけじゃなくて、ちょっとびっくりしただけ」

「びっくりした?」

「猫があんなににょろにょろ動くって知らなかったの」

「にょろにょろ?まあ、確かにあいつら体柔らかいからな」

 レイが小さく笑う気配がした。朝会った時に比べると、意地悪さはなくなって、会話も穏やかだ。

「猫にも慣れればいい。今度猫だまりに連れてってやるよ」

「猫だまり?」

 聞き慣れない言葉に、アンリはおうむ返しに聞き返した。

「見たことないか?猫の溜まり場。常時二、三十匹はいる」

 それは想像するだけで、楽しそうだ。

「そんなところがあるの?見てみたい」

 アンリはシュシュから目を離して、笑いながらレイを見上げた。

 だけど次の瞬間、目の前に影ができたかと思うと強い衝撃を受けて、―――アンリの世界は突然暗転した。

 アンリが次に目にしたのは、見慣れない天井だった。おでこに違和感がある。

「お嬢ちゃん、気がついたか」

「……シリウスさん?」

 心配そうな顔のシリウスとレイが真上から覗き込んでいる。

 アンリは自分がベッドに仰向けに寝ていることに気づいて、慌てて起き上がろうとした。

「おい、待て待て、急に起きあがんな」

「カイル」

 カイルがアンリの肩を抑えた。

「気分はどうだ。吐き気とかないか?」

 カイルはアンリの目をライトで照らした。

「吐き気はないけど……おでこが痛い」

「あー、でっかいたんこぶができてるからな」

 カイルが苦笑した。

「ええっ!かっこ悪い」

 アンリがおでこを確認するように触ると、ガーゼが手に触れた。触ると痛くて、思わず顔をしかめる。

「まー、2、3日で腫れは引くはずだ。後も残らないから安心しろ」

 カイルが安心させるように微笑むと、起き上がるのを手伝ってくれた。

「私、どうしたの?」

「ごめんな、お嬢ちゃん。あんたはこいつのタックルをまともに食らっちまったんだ」

 茶色い小さな生き物が、シリウスの首にしがみついていた。茶色いシマシマの尻尾がぽってりと垂れ下がっている。

「……アライグマ?」

「俺が拾って……いつの間にかいついちまったんだけど。チャツネっていうんだ」

「俺も遠くから見てたんだけど、こいつがお前に飛びついて、避け損なったお前はベンチから転げ落ちて脳震盪を起こした、と」

「……恥ずかしい」

 アンリは自分の頬を両手で抑えた。さぞ間抜けだったことだろう。

「いや、お嬢ちゃん、こいつのタックルは強烈だから、新兵でもよく避け損なってるんだ。だいたい1ヶ月もすると避けられるようになるけどな」

「いい訓練になってるのね」

「お嬢ちゃんも1ヶ月ぐらいうちにいたら避けられるようになるかもな」

「……それまでに幾つたんこぶつくっちゃうかわからないから、やめときます」

 アライグマは必死でシリウスにしがみついている。知らない人がいて怖いのかもしれない。

「アライグマじゃ、怒れないわね」

 アンリは気が抜けたようなため息をついた。

「あの、シュシュは大丈夫だったの?」

「心配いらない。フェンリルが部屋に連れて帰った」

 シリウスが微笑んだ。

「……ごめん」

 それまでずっと黙っていたレイがつぶやくように謝った。

 憔悴したような顔は、見ている方が心配になってくる。

「どうしてあなたが謝るの?」

「一番近くにいたのにあんたに怪我をさせた」

「そんな、たまたま近くにいただけで責任感じなくても。事故でしょ?」

「俺がちゃんとしてれば、守れたはずなんだ」

 アンリはどう言葉をかけていいのかわからず、助けを求めるようにシリウスを見た。

 シリウスは困ったように笑ってみせると、レイに言った。

「ボス、そんなに落ち込むな。ありゃ、事故だ。仕方ない」

「まー、ありゃしょうがねえ、事故みたいなもんだ。そういう時ってあるからな」

 カイルが頭を掻きながら、ぶっきらぼうに言った。

「よし、アンリ、立てるか?そろそろ帰るぞ」

「うん」

「俺も赤の兵舎まで一緒に行く」

「えっ!」

 カイル、アンリ、シリウスの驚いた声が重なった。  

「黒の領地であんたに怪我させたことを赤のキングに謝罪する」

「ボス……」

「そんな、大げさにしないで。せっかく親善大使のつもりできたのに……」

 アンリは慌てた。

「親善大使?」

 今度はカイル、レイ、シリウスの声が重なった。三人とも目を丸くしている。

 アンリはしまった、と思い手で口を抑えたが、もう遅い。

「お嬢ちゃん、聞かせてくれるか?親善大使ってなんだ」

 シリウスが微笑みながら、興味深そうに訪ねた。

 シリウスさんになら、話しても笑われないかもしれない。

 アンリは呆れられる覚悟を決めて、口を開いた。

「あの、赤の軍と黒の軍は、考え方の違いで500年以上対立しているけれど、どちらもクレイドルを守りたい気持ちは一緒だって聞いたの」

「ブランから?」

「ううん、レイリーさんから。レイリーさんは、昔から赤の領地に住んでるけれど、黒の領地に親しいお友達が何人もいて、黒の軍がクレイドルを大切に思っていることを知ってるの」

「赤の地区に住む、元大学教授の爺さんだ。往診先なんだ」

 カイルがアンリの説明に加えた。

「レイリーさんが言うには、二つの異なる考えが均衡した力をもつのは、国としてむしろ健全なことだって。どちらかが間違えたら、すぐに修正する力が働くから」

 アンリはレイリーさんが往診の時に聞かせてくれた話をなるべく正確に思い出し、伝えようとしていた。

「それに、二つの異なる考えを突き詰めていくことで、最適な第3の答えが見つかることもあるって。でも、そのためには、もっと自由に意見を交換できればいいんだけど、今はまだ、両軍の対立が最も緊迫していた時間の名残があるから、難しいだろうなって。今はクレイドルは過渡期だって」

 シリウスもレイも真剣な顔でアンリのたどたどしい説明を聞いてくれていた。

「……それで、昨日カイルが初めて黒の軍に行く、って聞いたから、非戦闘員の私たちがまず自由に行き来できるようになれば、そのうちもっと両軍が親しくなれるんじゃないかって思ったの」

「お前、そんなこと考えてたのか。怖がってたくせに来るって言い出すから妙だと思ってたけど」

 カイルが呆れたように言った。

「……ごめんなさい、外から来た人間がこんなこと……」

 だんだん恥ずかしくなってきた。

 赤くなってうつむくアンリに、シリウスが優しく言い聞かせるように言った。

「お嬢ちゃん、謝ることじゃねえ。ありがとうな、クレイドルのことを考えてくれて……ふ、なるほど、それで親善大使か」

 シリウスは可笑しそうに笑いだした。

「ああ、ごめん、お嬢ちゃんを笑ってるわけじゃない。お嬢ちゃんは俺たちよりよっぽど考えが深い。なあ、ボス」

 レイも苦笑している。

「アンリ、相当な覚悟で来たらしいお前にはわりーんだけどさ。こいつらお前に会ってみたかっただけなんだ」

 カイルもどこか可笑しそうな顔で言った。

「えっ」

「フェンリルが、オリヴァーからお前が赤の兵舎で元気にやってるって聞いたらしくて」

「フェンリルとセスがまず騒ぎ出して、俺たちもつい悪ノリしちまった」

「オリヴァーを通して、お前を黒の兵舎に連れてこいって言われたんだよ。予防接種は、口実だ」

 カイルの言葉にアンリは唖然とする。

「お嬢ちゃん、赤の兵舎での暮らしはどうだ。何か困ってることはないか?」

「いえ……お兄様がたくさんできたみたいで、楽しいです」

(少し困ったところのあるお兄様たちだけれど)

 アンリはこっそり心の中で付け足した。

「困ったお兄様たちだろう」

 シリウスがアンリの心の声を読んだように言うので、アンリは思わず口を抑えた。

(私声に出してた?)

「ああ、安心しな。あんたは声には出してない――顔には出てたけど」

 シリウスが愉快そうに笑うと、立ち上がった。

「ボス、俺も赤の兵舎まで一緒に行こう。お嬢ちゃん、安心しな。俺は旧友に会いに行くだけだ」

「旧友?」

 聞き返すアンリに、シリウスが微笑んだ。

「ランスと俺は寄宿学校時代の同級生なんだ」

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