二人で紅茶を、ゆっくりと


赤のエースで妄想してみた その4 イケレボ お茶会本編応援CP 補完ショート


 やっと日差しが春めいてきた、麗かな昼下がり。

 アンリがブランに呼ばれて彼の家に行くと、珍しい客がいた。

「こんにちは、ムースさん」

「やあ、久しぶりだね、アンリ」

 眠りネズミの異名を取る外交官ムースは、小柄で大人しそうな青年だ。だけどゼロの元上官であり、ゼロの前に赤のエースを務めていた退役軍人だというから、人は見かけによらない。

 ここしばらくは、諸国をめぐる旅に出かけていると聞いていた。

「お帰りなさい。いつお戻りになったんですか?」

「先週末に戻ったばかりなんだ。ちょうど良かった、君も好きなお茶を持っていくといいよ」

 庭先にセットされたテーブルの上には、美味しそうなケーキやサンドウィッチ、ペストリなどと一緒に、たくさんの包みが並べられている。全部ムースのお土産の茶葉らしい。

 アリスとオリヴァーも、様々な包みを興味深そうにみていた。

「アンリ、君もアリスみたいにガーデンでお茶会を開いてみるかい?君にも、1日だけガーデンでお茶会を開く許可をあげよう」

 ブランが微笑んだ。

「私たちは一足先にガーデンを使わせてもらったの」

 アリスは一昨日、ガーデンでオリヴァーと二人きりのお茶会を開いたと、はにかんだ笑顔で報告した。

「わあ、素敵」

「駄犬、お前も飼い主を招待してやればいいだろう」

 今は少年の姿のオリヴァーが、茶葉の包みの一つを開きながら言った。

 優しく微笑む恋人の姿が脳裏に浮かんで、アンリは頬を緩めた。

「駄犬でも飼い主でもないけど……うん、私もゼロを招待したいな」

「いくつか試してみて、気に入ったお茶を持っていくといいよ」

「ありがとうございます」

「お茶を飲みながら、君の最近の暮らしぶりを教えてくれるかい」

 ムースは仕事柄か、アンリやアリスがクレイドルでどんな風に暮らしているのか聞きたがる。異国から来た人間がクレイドルでどんな風に暮らすのか知ることは、異国を理解することにも、クレイドルを理解することにもつながるそうだ。 

 アンリは、いくつかのお茶を試飲しながら、ムースに日々の出来事を報告していった。

 次はどのお茶にしようか皆で迷った時、ふと他よりひとまわり小さい、質素な包みに目が留まった。

「これはどんなお茶なんですか?」

「ああ、それは確か試供品としてもらったんだ。名前の通った紅茶ではなくて、今まで緑茶を作っていた茶園が、新しく作り始めた紅茶らしい」

 ムースが言うには、他のお茶を選んでいるときに、たまたまその茶園の主人に会い、是非飲んでみて欲しいと渡されたらしい。

「その地方では工夫紅茶と呼ばれるんだけどね。いくつもの工程を経る、手の込んだ方法で作られているそうだよ。主人は何年も研究して、やっと完成した自信作だって言ってた。飲んでみるかい?」

「はい、是非」

 お茶を入れるのはオリヴァーの係だ。

 ムースはオリヴァーに、蒸らし時間を普段の倍にするように告げた。

「6分だって?冗談だろう」

「その茶園の主人が言うには、葉が開くのに時間がかかるらしい」

「紅茶だろう?6分も蒸らして大丈夫なのか?」

 オリヴァーは納得の行かない表情だったが、ムースの言った通り、一度落ち切った砂時計をひっくり返し、もう一度落ち切るのを待った。

 砂時計が落ち切って、みんなのカップに少しずつお茶が注がれる。

 辺りに甘く、濃厚な花の香りが漂った。

 お茶はとても澄んでいる。そっとカップに口をつけると、花のような香りに再び包まれる。紅茶は苦味も渋みもほとんどなく、ただただ、まろやかで甘かった。

(ゼロみたい)

 アンリは思わず笑みをこぼした。

「すごくいい香りね」

「これはいい紅茶だな」

 皆が口々に褒めた。

「私、このお茶ゼロにも飲ませてあげたいです」

「いいと思うよ」

 ブランが微笑んだ。

「それにしても、蒸らしに6分か……なんだか君たちにぴったりの紅茶だね」

 少年の姿のオリヴァーが吹き出す。

「確かにな」

 オリヴァーは、今の姿にはそぐわない、大人びた苦笑を見せながら同意した。

「どういう意味?」

 アンリが尋ねても、二人はただおかしそうに笑うだけだった。

 ムースはいつの間にか紅茶を飲み終え、麗かな日差しの中、眠り込んでいる。

 二人の会話に、なぜか頬を染めていたアリスは、アンリと目があうと、誤魔化すように明後日の方向をむいてしまった。

「すごい。本格的だな」

 約束の時間にガーデンに現れたゼロは、テーブルに並ぶケーキやスコーン、サンドウィッチなどを見て、目を丸くした。

「アリスに教わりながら準備したの」

「お前が作ったのか?」

 ゼロはアンリの誇らしげな顔を見て、さらに驚いた顔になる。

「うん。張り切っちゃった」

「すごいな、美味そうだ。ありがとう」

 早朝からブランの家で大奮闘した苦労が十分報われる、恋人の笑顔だ。

 アンリはお湯をポットにいれると、砂時計をセットし、ゼロの隣に腰掛けた。

 彼は珍しくスーツに身を包んでおり、アンリはついじっと見入ってしまう。姿勢のいいゼロに、スーツはよく似合っていた。

「あんまり見ないでくれ、着慣れない格好だから、落ち着かないんだ」

 ゼロが少し居心地悪そうに頬を染め、首の後ろに手をやる。

 兵舎を出るときにエドガーに捕まり、着替えさせられたらしい。

「でも、すごく似合ってる」

 アンリは褒めた後で、頬を染め、俯いた。

「お前がそう言ってくれるなら、着替えてきて良かった」

 ゼロは嬉しそうに笑うと、そっとアンリの手を取った。

「お前のドレスも、よく似合っている」

 アンリが今日着ているのは、二人がロンドンから戻ってきてすぐに、ゼロが贈ってくれたドレスだ。制服より明るい、淡いローズピンク。

「やっぱりその色はお前によく似合うな」

 ゼロはいつものようにアンリをさらりと褒めてくれるが、アンリは照れてしまい、俯いたまま、えへ、とか妙な笑い声を出した。

 特別なお茶会。

 ガーデンに二人きりだからか、ネクタイを締めたゼロを見慣れないためか、アンリはなんだかずっと緊張している。

 もちろん、決して嫌な緊張ではないけれど。

「この紅茶ね、何年も研究してやっと最近完成したんだって」

 アンリは緊張をごまかすために、ブランの家で聞いた紅茶の説明を始めることにした。

 ゼロは興味深そうにアンリの説明を聞いてくれる。

 ゼロの優しい相槌を聞きながら話しているうちに、なんとなくそわそわしていた気持ちも落ち着いてきた。

 落ち切った砂時計に気付いて、返す。

「手間をかけてつくられた紅茶で、固く閉じてるから、葉っぱが開くのに、普通の紅茶よりずっと時間がかかるんだって」

「へえ」

 ゼロは何かを思い出したように、ふと笑みをこぼした。

 アンリは砂時計を見ながら、ブランたちに笑われたことを思い出した。

「そういえばブランがね、6分も蒸らすなんて、私たちにぴったりの紅茶だってオリヴァーと一緒に笑ったの」

「……そうか」

「どういう意味かわかる?」

 アンリが聞くと、ゼロはちょっと困ったように笑った。目元がちょっと赤い。

「さあ……」

 アンリは誤魔化されたような気がして、ゼロをじっと見る。

 ゼロは苦笑して、アンリの頬をそっと撫でた。

「もう気にするな。俺たちは俺たちだろ?……ほら、砂がそろそろ落ちるぞ」

「うん」

 なんだか腑に落ちない気持ちのまま、アンリは砂が落ち切るのを待って、紅茶をカップに注いだ。

 濃厚な、甘い花の香りがふわりと広がる。

「いい香りだな」

 ゼロの言葉に、アンリは笑顔を返した。

「どうぞ」

 二人は並んで腰掛け、カップに口をつける。

 紅茶はやっぱりまろやかで、甘く優しかった。

「優しい味だな」

「ゼロみたいな紅茶だなって思ったの。初めて飲んだとき」 

「そうか?俺はお前みたいな紅茶だなって思ってた」

 ゼロは小さく笑った。

「私?」

 どこが?

 アンリはそう尋ねてみたかったけれど、穏やかな微笑みを浮かべて紅茶を楽しんでいる横顔を見て、黙っていることにした。

 他に誰もいないガーデンはとても静かで、街の喧騒がずっと遠くに聞こえる。

 ゼロと一緒にいるときの沈黙は、いつも居心地がいい。

 さらさらと頬を撫でる風に、アンリは目を細めた。

「美味しい紅茶だな」

「気に入った?」

「ああ、すごく。ありがとう」

 アンリは嬉しそうな微笑みを浮かべ、隣のゼロを見上げた。

 ゼロも優しい微笑みを返してくれる。

「こんなに美味しい紅茶のためなら、どんなに時間をかけても構わない」

 ゼロは慈しむように、アンリの頬を撫でた。

 紅茶の話をしているはずなのに、ゼロの青い瞳は切なくなるほど優しく、アンリを見つめている。 

 アンリは頬を撫でる手に誘われるように目を閉じ、ゼロのキスを受け止めた。

コメント