愛さずにいられない —第十話—


赤のエースで妄想してみた その1 愛さずにいられない —第十話—


 その日は、午後一番に、ゼロの隊の剣の訓練があった。

 医務室から訓練場はよく見えるので、アンリは時々訓練を眺めることができた。見ているうちに、訓練は、新兵の特別訓練以外は、隊ごとに行われ、隊ごとに特色があることに気がついた。

 例えばヨナの隊は型の稽古を大切にしているようだ。一糸乱れず、全員揃って剣を振るう様はとても美しく、アンリはヨナの隊の形稽古を見学するのが大好きだった。どの隊も剣の稽古の時は、型の稽古から入るが、ヨナの隊の型稽古が、一番揃っていて正確だ。そしてそんなヨナの隊は、実践稽古においても、やはり美しい剣を使った。

 ゼロの隊は、型稽古にヨナと同じぐらい時間を割くが、揃えることにはあまり重きを置いていないようだった。極端に遅れる人には指導が入るが、皆、力強い剣を使う。そして、ゼロの指導はとても丁寧で細やかだった。

(人柄もあると思うけど……)

 スパルタだったと言う師匠、エドガーを反面教師にしているのではないか、とアンリは少し思っている。

 そして、ゼロの隊の訓練を見学して気づいたことがもう一つある。ゼロは、他の幹部と比べると、あえて隊員と距離をとろうとしているように見えるのだ。新兵の訓練の時は、特にそうだった。指導自体は丁寧で細やかだが、それ以外で兵士と言葉をかわすことはなかった。休憩時間でさえ。

 今も、休憩時間に入ってすぐ、ゼロの元に兵士の一人が質問に来たが、ゼロはマリクに説明するように言って、みんなから離れたところに行ってしまった。

(今日はキャンディ食べないのかな)

 ゼロは休憩時間に棒付きキャンディを食べることが多い。その時に時折ちょっと気を抜いて油断したようなあどけない笑顔を見せてくれる。アンリはその笑顔を見るのが好きで、休憩時間の度にゼロを探していた。そして、気がついた。ゼロは一人でいることが多い。マリク以外の兵士がゼロと会話することも、ゼロのそばにいることもない。今、マリクは他の兵士に何か一生懸命説明しているので、ゼロはやはり一人でいた。

 ヨナも一人でいるし、幹部以外の他の兵士と談笑するようなことは少ないが、ヨナの場合は彼を中心に『ヨナ様親衛隊』の同心円が常に広がっているので、状況が全然違うと思う。レイフやエドガーに至っては、休憩時間には兵士に自分から何やら話しかけて笑わせたりしていた。

(他の兵士達がゼロを慕っているのはよくわかるのに)

 警護をしてくれているのはゼロの隊の兵士なので、アンリは彼らと言葉を交わすこともあった。彼らはどんな時も、ゼロの静かな声を一言一句漏らすまい、と熱心で、尊敬と憧憬のこもった目でゼロを見ている。

(今だって、マリクはもちろん丁寧に説明しているけれど、ゼロが説明してあげたら、みんな喜んだんじゃないかなあ)

 自分が口出しできるようなことではないと重々承知しているが、それでもアンリは歯がゆいようなもどかしいような気持ちになってしまうのだった。

 二時間半の訓練を終えて、兵士たちが駆け足で兵舎に戻っていく。赤の軍の一般の兵士達は分刻みでスケジュールが決められており、外での移動は基本駆け足だ。

 ゼロが、ゆっくりと駆けていく兵士の群の後ろから歩いているのが見えた。医務室の窓から外を覗くアンリに気づくと、小さな微笑みを見せ、こちらに歩いてくる。アンリも微笑んで見せると、窓を開けた。

「お疲れ様」

 ゼロはアンリの差し出した、濡らして固く絞ったタオルとミント水のグラスを受け取った。 

「ありがとう。カイルはどうしたんだ?」

「まだそこのソファで寝てる」

「仕方のないやつだな」

「でも、医務室が暇なのはいいことだから」

「そうか」

 ゼロが少し考えた後で、言った。

「アンリ、明日の午後も暇だったらセントラル地区まで連れて行ってやろうか」

「ほんと?」

「ああ、俺は明日の午後、半休だから……」

 ゼロはそこで言葉を切ると、すぐに姿勢を正して敬礼した。

「ゼロ、看護師を口説いている暇があるなら、少し手合わせをしないか」

 いつの間にか、剣を手にしたランスロットがそばにいた。

「はっ、よろしくお願いします」

 ランスロットは満足げに微笑んだあと、アンリの方を向いた。

「お前と朝食を共にした日は胃が重くてかなわん。少し体を動かそうと思ってな」

「ランスロット様、胃弱にはペパーミントティーがいいですよ」

「……俺の胃はまともだと思うがな。……ゼロ、別に我慢せず笑っていいぞ」

 ランスロットとゼロが訓練場で対峙する。

「ゼロ、嬉しそう」

「まー、ランスと手合わせする機会は滅多にないからな。言っただろ、あいつの練習相手になんのはジャック、クィーン、キングの三人だけだって」

「カイル、やっと起きたの。もう具合はいいの?」

「とっくに酒は抜けてるし、起きてたぞー。気を利かせて寝たふりしててやったんだろーが……ランスのやつは馬に蹴られるな」

「何言ってるの?」

 アンリがカイルの言葉の意味を捉え損ねていると、すぐ背後で柔らかな声がした。

「なかなか興味深いカードですね」

「ひゃっ!」

 アンリは思わず情けない悲鳴をあげた。

「エドガー!そういうのやめてって言ってるじゃない」

「まあまあ、始まりますよ」

 心臓のあたりを押さえながら抗議するアンリに、エドガーは悪びれた様子も見せず、訓練場の二人を指差した。 

 見ると、二人は剣を構え、向き合っていた。ここまで届きそうな、張り詰めた緊張感だ。

 先に仕掛けたのはゼロだった。一瞬で間合いを詰める。一撃目、二撃目、三撃目。連続して繰り出される攻撃を、ランスロットは事もなげにさばいている。剣の動きは速すぎて、アンリには何が実際に起きているのか見えない。ただ、剣のぶつかる音が途切れず聞こえただけだった。

 ランスロットが今度は攻撃に転じた。ランスロットの、容赦無く最短距離を突く剣を、ゼロが紙一重で避ける。そのまま間合いを切ろうとしたゼロの足を、ランスロットの足が掬った。

(危ない!)

 アンリは思わず顔をしかめた。

 ゼロは、バランスを崩しそのまま後ろ向きに倒れた。が、止めを刺そうと進んだランスロットの顔に向かって、ゼロの鋭い蹴りが飛んできた。ランスロットはとっさに後退する。ゼロはそのままの勢いで後転し立ち上がるとすぐに剣を構え直した。

「よし!」

 エドガーが囁く声がし、アンリが隣を見ると、エドガーがぎゅっと拳を握りしめていた。再び剣のぶつかる音が聞こえて、アンリは慌てて二人に視線を戻した。

 アンリはランスロットが剣を使うのを初めて見た。なんとなくヨナのように端正な剣を使うのだろうと想像していたが、ランスロットの戦い方は、思いの外荒々しく、猛々しい。それでも、その姿はとても美しかった。長い手足が素早く、しなやかに動く。アンリは二人を見ながら、剣の手合わせであることも忘れ、ただ人間の体の美しさに感動していた。

 執務室では無表情なランスロットが、どこか生き生きとして見えた。

 二人が仕切りなおすように距離を取った時、一人の兵士が訓練場に駆け込んできた。ランスロットはゼロの方に片手をあげて見せると、兵士の方へ行った。ゼロもすぐに呼ばれて、ランスロットの方へ行く。ランスロットが何か言ったあと、ゼロと兵士はすぐにそれぞれ別の方向に駆けていった。

 アンリはいつの間にか詰めていた息をホッと吐いた。

「私、ランスロット様はもっとヨナみたいな戦い方するんだと思ってた」

「あの方は実践的な戦い方をされますよ」

「教本通りの剣ではお前の愛弟子には勝てんだろう」

 医務室の窓の近くにやってきたランスロットが答えるように言った。額が汗ばんでいて、少し息が上がっている。

「ランスロット様、よかったらどうぞ」

 アンリは絞ったタオルとミント水のグラスを差し出した。

 ランスロットが目をわずかに見開く。

「いつの間にうちの医務室はこんなサービスをするようになった」

「最近では、幹部はみんな訓練の後にここに寄るようになっていますよ」

 エドガーが微笑む。

「そうか……」

 ランスロットがふと目元を和らげた。

「エドガー、お前の愛弟子はまた腕を上げたな」

 ランスロットの言葉に、エドガーが誇らしげに微笑んだ。

「ランス、そのゼロはどうしたんだ?」

「セントラル地区に来ているサーカスの虎が逃げたらしい。その対応に向かっている」

「とら?」

 アンリ、エドガー、カイルの驚いた声が綺麗に重なった。

「おっ前そういうことは早く言えよ!!」

 カイルは戸棚をガサガサ漁ると、奥から小さい紙袋を出してきた。

「アンリ、ゼロはまだ兵舎にいると思うから、この薬持って行ってやれ。これ一錠でどんなでかい動物も一時間ぐっすりだ。役にたつかもしんねー」

「はい!」

 アンリは紙袋を受け取ると、医務室を飛び出した。

 アンリが兵舎の出入り口についた時、ゼロたちは隊列を組んで出かけるところだった。

「ゼロ!」

「どうした」

 息を切らして走ってきたアンリを見てゼロは驚いた。

「これ、カイルが」

 アンリはカイルに持たされた紙袋を預ける。

「一錠でどんな大きな動物も、一時間は眠るからって」

「わかった、ありがとう。……アンリ、ちょうどいい。うちの隊員に言葉をかけてやってくれないか」

「え!」

 思いがけないお願いに、アンリがびっくりして隊列を組んでいる隊員を見ると、みんなもこちらを期待するような目で見ていた。みんな、見覚えのある顔だ。いつも、アンリの警護をしてくれている兵士たちだった。

「え、えっと。怪我しないように、気をつけてください」

「はい!」

 兵士たちは、アンリに笑顔で答えてくれた。だからアンリも心配を押し隠し、気合いを入れた笑顔を見せる。

「行ってらっしゃい」

 それぞれ馬に乗る兵士達を見守るアンリの頭に、ぽん、ゼロの手が乗せられた。

「ありがとう」

「ゼロも、気をつけてね。いってらっしゃい」

「行ってきます」

 ゼロは笑顔を見せると、馬に飛び乗った。そのまま隊列の前に出、彼らを率いていく。

 アンリは、みんなが見えなくなるまで兵舎の出口で見送っていた。

 ゼロが任務を帯び、隊を率いて出かけていくのを見送るのは、初めてだった。

 アンリは改めて、ゼロが赤の軍の特攻隊長であることを認識した。

(この先も、こんな風にゼロを見送ることがあるのかな)

 引き止めることはできない。これはゼロが壮絶な努力によって手に入れた、彼の仕事であり、居場所だ。アンリには、それを奪う権利はない。

 みんなが見えなくなると、アンリは小さくため息をついて、兵舎の中に戻った。兵舎に入ってすぐのところに、エドガーがいた。

「心配しなくて大丈夫ですよ。サーカスの虎は訓練されているので、よほどのことがなければ、人を襲ったりしません」

「ほんと?」

 動物に詳しいエドガーが言うなら、そうなんだろう。アンリは少し安心した。

「心配なのは、パニックになった市民の二次被害の方ですね。彼らの仕事も、主に市民の誘導になるでしょう」

「そうか……けが人とか出ないといいんだけど」

「アンリはすっかり赤の軍の看護師ですね」

 エドガーが小さく笑った。

「ゼロに任せておけば大丈夫ですよ」

「うん……ふふ、エドガーって結構熱い師匠だね」

 エドガーはおや、と言う風に片眉を上げて見せた。

 アンリはエドガーが拳を握りしめながら手合わせを見ていた様子や、ランスロットがゼロを褒めた時の、誇らしげな顔を思い出していた。

 そして今も。エドガーやランスロットの、ゼロに寄せる信頼が伝わってきた。

(私も、ゼロを信じて待とう)

 アンリは顔を上げると、医務室に向かった。

  ゼロの隊が無事虎を捕獲し帰還したのは三時間後で、すでに空はオレンジから藍色へのグラデーションに染まっていた。

「よしよし、けが人はいなさそうだな」

 カイルは兵舎へ戻ってくる兵士たちを廊下側の窓から覗いて言った。

 アンリはゼロを出迎えたかったが、なぜか気恥ずかしくて、ためらっていた。

(どうしよう、おかえりって言いに行きたいけど……)

 アンリがそわそわしていると、マリクが医務室にやってきた。

「すみません、救急箱お借りできますか」

「なんだ、誰か怪我したのか?」

「実は隊長が……」

 アンリは慌ててマリクとカイルの方へ行った。

「なんであいつ医務室来ないんだ?」

 カイルはふとアンリの方に目をやると、何かに気づいたように声をひそめた。

「あー、何、あいつそんな恥ずかしいところ怪我したの?」

 マリクは苦笑しながら答えた。

「いえ、隊長の怪我は背中です。避難し遅れた子供をかばって」

 アンリはすっ、と血の気が引くのを感じた。

「あいつ虎に襲われたのか?」

「前足で引っ掻かれました。軍服の上からですし、それほど深い傷ではない、と本人は言ってます。帰りも普通に馬に乗っていましたし」

 カイルはちょっと天井を見るようにして考えた後、アンリの方へ救急箱を突き出した。

「お前がいけ、アンリ。手に負えそうにない傷なら、医務室に引きずってこい」

「でも……」

 アンリはマリクを見る。

「うーん、命令違反になってしまうんですけど……俺もアンリさんの方が適任だと思います。よろしくお願いします」

 マリクは眉を下げながら笑った。

「俺が責任をとる」

 カイルの言葉に、アンリは救急箱を受け取り、走り出した。

 ゼロの部屋の前で一回だけ深呼吸をして、ドアをノックする。

 中で人の動く気配がして、すぐにドアが開かれた。

 顔をのぞかせたゼロを見てアンリは小さな悲鳴をあげた。

「ごめん、マリクだと思った」

 腰にバスタオルを巻いただけの姿だったゼロは、慌てて部屋に引っ込んだ。

(変な声出しちゃった……!)

 どうして悲鳴など上げてしまったのか、アンリ自身にもわからなかった。男性も、女性も、患者の裸は見慣れていたはずだった。患者の裸を見て悲鳴をあげるなど、看護師としてあるまじきことだった。

(修行が全然足りてないんだ……気を付けなきゃ)

 アンリは無理やり自分を納得させた。ぶんぶんと頭を振って、まぶたに焼き付いてしまった、ゼロの鍛えられた上半身を追い払おうとしたが、それはなかなか困難だった。

 再びドアが開き、Tシャツに着替えたゼロが顔を見せた。

「すまない、ずっと男所帯だったものだから、つい気がゆるんだ」

「ううん、こっちこそ変な声出してごめんなさい。怪我の手当てさせてもらっていい?」

 落ち着いた口調と裏腹に、アンリはずっとうつむいたままで、ゼロの顔を見れなかった。

「あいつは上官の命令をなんだと思ってるんだ」

 呆れたようにため息をついたゼロに、アンリは慌てて弁明する。

「マリクを怒らないで、マリクはちゃんと救急箱を取りに来たの。私とカイルが無理をいったの」

 ゼロはシャワーを浴びていたのだろう、部屋には石鹸の匂いが漂っていた。

 ゼロにベッドの端に腰掛けてもらい、アンリはベッドに上がり込み、ゼロの後ろに回って手当てすることにした。救急箱から消毒液を取り出す。

 ゼロの傷は4本の獣の爪痕で、右肩から腰のあたりまで伸びていた。ところどころ、深くなっている。ソファの上には、血のついた制服が脱ぎ捨てられていた。

 きゅっと唇を噛んで、アンリは消毒を始めた。

「世話をかけてすまない」

「ゼロが謝ることじゃないよ。子供を助けたってきいた。……逃げ遅れた子供は、大丈夫だったの?」

「ああ、怪我もないし、親にちゃんと届けてきた」

「良かった。虎は、どうなったの」

「カイルの薬で眠っている状態で、サーカスに預けてきた」

「……処分、されてしまうの?」

 傷口に薬を塗ったガーゼとハトロン紙をあて、包帯を巻き始める。

「いや。ランスロット様次第だが、多分大丈夫だろう。子供に襲い掛かったのは子供があやまって尻尾を踏んでしまったからだ」

「そう……はい、できた。どこかきついところある?」

「問題ない。うまいもんだな、やっぱり」

 ゼロは腕を動かしながら振り返り、微笑んだ。そしてアンリを見てふ、と困ったような顔になる。

「また、そんな顔をさせてしまったな。ごめん」

 ぽん、と頭の上に優しく手が置かれる。

「痛そうな顔、してる?」

「してる。俺は痛くないから、そんな顔しないでくれ」

「……もしかして、それでマリクに手当てを頼んだの?」

 ゼロは困った顔のまま、何も答えない。沈黙は、肯定。

 ゼロの優しさに、胸が詰まる。

「誰が手当てをしても、ゼロが怪我をしたら私も痛いの」

「そうか」

「だから、私に痛そうな顔をさせたくなかったら、なるべく怪我をしないで」

「わかった」

「でも、……もし怪我したら、私に手当てさせて。一緒に痛がることぐらい、許して」

 優しく微笑んでいたゼロが、また困ったような顔になる。

「あ」

「なんだ?」

「最初に言うの忘れてた。おかえりなさい、ゼロ」

 アンリが微笑むと、ゼロが目を見開いて、それから微笑んだ。

「ただいま」

 頭の上に乗せられていた手が、するり、と滑るようにして、頬に当てられた。

 アンリの心臓が騒がしくなる。

「本当に、困ったやつだな……」

 ゼロの親指が、アンリの頰をなでるように動いた。かすかに、甘い痺れのような感覚が生まれて、思わず目を閉じそうになった。

「なるべく怪我はしないようにする」
「うん」

「怪我しても、俺はちゃんとお前のところに帰ってくる」

「うん」

 アンリの目を覗き込むようにして、ゼロは誓うように告げた。

「だからお前は、俺を信じて待っていてくれるか」

「……うん」

 ゼロの目は真剣だった。アンリはその澄んだ青に魅入られたように、目が外らせなかった。微笑んで応えようと思ったのに、うまく微笑むことができない。ゼロの言葉が途切れても、アンリは動けない。ゼロも、動かない。

 まるで時間が止まってしまったかのような状態を、ノックの音が打ち破った。

 ゼロもアンリも、ハッとしたように離れる。

「ゼロ、入りますよ……あらら」

 入ってきたエドガーが、目を丸くして立ち止まった。

「すみません、お邪魔してしまいましたね。ゼロ、こう言う時は鍵をかけるのを忘れてはいけませんよ」

「怪我の手当てをしてもらっていただけだ」

「ベッドの上で見つめ合っていたように見えましたが……ヨナさんだったら大騒ぎですよ。『君達、なんて破廉恥な!』」

 エドガーは最後にヨナの口真似をする。

「エドガー、お前もう黙ってくれ」

 ゼロが頭を抱えた。

 アンリは黙々と救急箱の中身を片付けると、それを胸に抱えたまま、するするとベッドを降り、ドアに向かった。

「ゼロ、明日ちゃんとまたガーゼ変えにきてね。エドガー、またね」

 普段通りの口調で二人に言い残すけど、二人の顔を見ることはできなかった。

 顔が熱くて、クラクラする。俯いたまま、アンリはゼロの部屋を後にした。

 耳に心臓が引っ越してきたように、鼓動がいつもより大きく聞こえる。息をするのも苦しかった。

 何度も深呼吸をしてから医務室のドアを開けると、こちらを見たカイルが訝しげに眉をひそめた。

「アンリ、お前熱あるんじゃないか?顔真っ赤だぞ」

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