愛さずにいられない —第十三話—


赤のエースで妄想してみた その1 愛さずにいられない —第十三話—-


 その朝、アンリが医務室に行くと、机の上に長細い箱が置かれていた。

「お前に届け物らしいぞ」

「届け物?誰から?」

「無記名。これと一緒に届いたから、兵舎の外からだ」

 カイルが毎月購読している医学雑誌を振って見せた。

(ブランから?でもブランからなら、カードぐらい付いてると思うけど……)

 アンリが疑問を感じながらも包装紙を開くと、中から出てきたのは、箱に入れられた一輪の美しい白いばらだった。

「綺麗……」

 アンリは思わず声を漏らしてしまった。

 白いばらは、やや開きかけた、もっともバランスの良い状態で、箱に収められていた。

「お、やるなー、白いばらか」

 覗き込んだカイルが冷やかすように言う。

「ブランかな」

「なんでブランがお前に白いばら一輪贈るんだよ」

「うーん、確かにブランだったら花束をくれそうだけど」 

「そうじゃなくて……、そうか。お前知らないか」

「え、なあに」

 アンリが疑問に思ってカイルを見ると、カイルは難しい顔をしてちょっと天井を見上げる。

「いや、なんでもない」

「ふうん?」

 アンリはカイルの態度を訝しみながら、白ばらを箱から取り出すと、手近なフラスコに水を入れて、そこにさすことにした。首の長いフラスコは、一輪挿し用の花瓶に見えなくもない。首の長さもちょうどよかった。

 アンリには、赤の兵舎の外にいるクレイドルの知り合いなど、ブランたちぐらいしか思い浮かばなかった。

(別に誕生日でもなんでもないし……そもそもどうして名前がないのかな)

 無記名の贈り物なんて少し警戒してしまうけれど、花に罪はない。

 アンリはフラスコに挿した白ばらを見て少し微笑むと、もう気にするのはやめることにした。

「心当たりはないのか」

「兵舎の外の知り合いなんて、ブランたち以外思いつかないもの。あとは往診先の患者さんとか……あ、もしかしてレイリーさんかな」

「だからなんでレイリー爺さんがお前に白ばら贈るんだよ」

「でもレイリーさんは往診のたびにお菓子をくれるし」

「アンリ、お菓子とこれは区別した方がいいですよ」

「じゃあ、スコットさんとか」

「だからなんでスコット爺さんが白ばら贈るんだよ」

 アンリはもう気にしていなかったのだが、エドガー、ゼロ、カイル、ヨナまでが医務室に揃って、頭を悩ませていた。

「あとは、ポーターさん……」

「だからなんであの爺さんが……」

「ちょっと待ってアンリ、なんで君そんなに年寄りの心当たりが多いの?」

「あー、こいつ往診に連れていくと、なんでか気難しい爺さんが素直にいうこと聞くから、よく連れていくんだ」

 赤の軍の幹部四人が、考え込んでいる。

 綺麗な花が一輪とはいえ、みんなの真剣な様子を見ていると、アンリも心配になってきた。

「……やっぱり無記名の贈り物なんて、もっと警戒するべきなの?」

 アンリが不安げに問うと、ヨナが微笑んだ。

「君が心配する必要はないよ。俺たちがなんとかする」

 エドガーが、ふと机の脇のゴミ箱を見た。

「アンリ、あれがばらを包んでいた紙ですか?」

「うん……どうかしたの?」

「いえ、知っている店のものなので……まさか、ね」

 エドガーは、ふと思案げな顔をしたが、すぐにいつもの読めない微笑に戻った。

「ま、花に罪はありませんから。いつまでもこうしているわけにもいきませんね。さあ、みなさんも仕事に戻りましょう」

 エドガーの言葉で、何故かカイルまで一緒にゾロゾロと医務室を出て行くのを、アンリは不思議に思いながら見送った。

「お使い?」

「そう。明日エドガーの訓練もあるし、この間教えたハート地区の薬局まで行ってこれだけ注文してきてくれ。で、これとこれはその場で受け取ってくる」

 カイルの走り書きのリストのいくつかに印がつけられた。

「でも、一人で兵舎の外に出ちゃだめって言われてる」

「安心しろ、ちょうどいいやつが空いてたから頼んだ」

 お昼には少し早い時間、アンリはカイルに使いを頼まれた。

 エプロンを外し、ポシェットにメモとお金をしまったところで、私服のゼロが医務室にやってきた。

「ゼロが一緒に行ってくれるの?」

 アンリは安堵の息をつくと、笑顔になった。

 ゼロもいつもの優しい微笑みを返す。

「さっきカイルに捕まった」

「こいつちょうど今日の午後半休だったらしいからな」

「せっかくのお休みなのに、いいの?」

「特に予定があったわけじゃない。気にするな」

「こいつは休むのが下手だから、ちょうどいいんだよ。今日は訓練もないから、ゆっくりしてきていいぞ」

 ひらひらと手を振るカイルに見送られながら、アンリとゼロは揃って医務室を後にした。

 アンリはゼロに抱きかかえられる形で馬に揺られていた。

 久しぶりに乗る馬の背を、思いの外高く感じて体を強張らせるアンリに、

「安心しろ、絶対落とさないから」

 とゼロは笑った。

「馬に乗るのは初めてか?」

「小さい頃お祖父さまに乗せてもらったことがなんどかあるけど、大人になってからは初めて」

「そうか」

「もう少し大きくなったら乗り方を教えてもらう予定だったの。でも、結局教えてもらえなかった」

「……そうか。……次の休み、乗馬を教えてやろうか?」

「ほんと?」

 アンリはゼロを見上げ、パッと顔を輝かせた。

「カイルの言った通りだな」

 ゼロが笑う。

「なあに?」

「アンリは見かけによらず好奇心の塊だって」

「そうかな」

 ゆったりと歩く馬に揺られているうちに、アンリの体もリラックスしてきた。

「もう慣れたか?」

「うん、もう怖くない」

「じゃあ、少し遠回りしていくか」

 ゼロは言うと、左へ進路を変えた。

 閑静な住宅街を外れて、森の方へ向かう。家が少しずつ減っていき、やがて広く開けた土地に出た。

「わあ、羊だ!」

 広い緑の農地が遠くまで広がり、たくさんの羊がのんびりと草を食んでいた。その向こうには茶色い牛の群れも見える。所々でゆったり働いている人間も見える。のどかで美しい光景を、アンリは幸せな気持ちでうっとりと眺めた。

「気に入ったか?」

「うん、すごく!赤の領地に牧場があるって知らなかった」

 カイルの往診の手伝いでは、いつも住宅地を回るだけだった。

「牧場も畑ももちろんある……お前は、こういう景色を喜ぶような気がした」

「ありがとう」

「俺も巡回でここを通るのは好きなんだ」

 ゆったりと歩く馬に揺られながら、アンリはいつしかゼロの胸に頭を預けていた。

 遠くの方で、羊の世話をしていた白髪混じりの男性が、手を振ったかと思うと、駆け出してきた。

「おおーい」

 ゼロも気づいて馬を止めた。

「久しぶりだなあ、兄ちゃん!元気か?」

「やあ。アンリ、ここの牧場主のターナーさんだ」

「アンリです、こんにちは」

「やあ、初めまして、可愛いお嬢さん。サム・ターナーだ。サムと呼んでおくれ。兄ちゃん、やるなあ。今日は恋人づれか」

「えっ」

 ゼロに否定するすきも与えず、サムは人の良さそうな笑顔のまま、まくし立てた。

「なあ、せっかくだ、ちょっと寄って行ってくれ。ちょうど今から昼飯なんだ。うちの母ちゃんの飯はうまいぞお。今日はエールパイを焼いてるはずだ。うちの母ちゃんのエールパイは絶品なんだ。野菜もみんな裏の畑で採れたてだからな!あとは自家製のチェダーと、採れたてのトウモロコシとカボチャも……」

 サムの説明の途中で、アンリのお腹が盛大に鳴った。

「ご、ごめんなさい……」

 アンリは真っ赤になりながら、慌てて自分のお腹を押さえた。

 怖くてゼロの顔が見られない。

 サムは豪快に笑い飛ばしてくれた。

「ほらみろ、兄ちゃん。お嬢さんがうちのランチをご所望だ!さ、馬から降りた降りた!」

 サムが牧童の一人に手をあげて合図を送ると、牧童が駆けつけてきた。

「馬に水と干し草をやって休ませてやってくれ。それが終わったらお前も休憩してくれ」

「はい!」

 牧童の気持ちの良い返事を聞きながら、アンリはゼロに手伝ってもらって馬から降りた。

「あの……ゼロ、ごめんなさい」

 ついに我慢しきれなくなったように、ゼロも声を立てて笑い出した。

「謝らなくていい。それにしても盛大に鳴ったな」

「できれば早く忘れてもらえれば……」

「努力はしてみる」

 ゼロの顔は楽しそうに笑ったままだ。

「ちょうどよかった。あの時はちゃんとお礼を言うこともできなかったからな」

 サムは家に向かいながら言った。

「あの時?」

「うちの牛がそこの土手を滑り落ちて起き上がれなくなった時に、引き上げるのを手伝ってもらったんだ」

「巡回のついでだ。礼の必要はない」

「いやー、軍人さんはやっぱり力持ちだなあ」 

 家には、サムの両親、サムの奥さん、サムの娘夫婦が揃っており、みんな揃って人の良さそうな笑顔を浮かべていた。

「もう、お父さんたら無理言ったんでしょう!せっかくのデートだったのに、ごめんなさいね。ランチの予定もあったでしょうに」

 サラと名乗ったサムの娘が、呆れ顔で父を叱る。

「そうか!そりゃすまんことをしたな、兄ちゃん。でも、お嬢さんのお腹が家がいいって言ってくれたんだもんな」

「お願い、ターナーさん、それは早く忘れてください」

 アンリは再び真っ赤になった。

 アンリのお腹が盛大に鳴ってしまった話を聞いて、サラも笑い出してしまった。

「そういうことなら大歓迎よ、どうぞたくさん召し上がってね」

「ありがとう、いただきます」

 アンリが顔を上げると、斜め前に座っていたサムの父が、鼻眼鏡をずらすようにして、じっとアンリを凝視していた。

(もしかして、どこかでお会いしたことがあったのかしら)

 アンリが一生懸命記憶を手繰り寄せていると、サムの父が独り言のように呟いた。

「……瞳は明るいブラウン。鳶色のカールは肩より少し短め。色白で、一見清楚で大人しそうだが、中身は一味違うので、侮るなかれ」

 後半はともかく、前半はアンリの特徴だ。

「お嬢さん、あんたもしかしてカイル先生のところの看護師さんかいの?」

「ええ、そうです。あの、今のは……?」

「いや、わしの悪友のレイリーがな、あんたの話を聞かせてくれたんじゃ。隣の兄さんの様子を見るに、あいつは的確にあんたを表現したらしいな」

「えっ?」

 隣を見ると、ゼロが肩を震わせて笑っていた。

「さすが元大学教授、とても的確だ」

 みんなもゼロにつられるように笑い出した。

「もう!」

 アンリは肘でゼロをこづいた。

「わしも是非お会いしたいと思っとったんじゃが、何しろうちの連中は、そろいも揃って牛みたいに丈夫でな、カイル先生に往診を頼む機会が全くなくての」

 家族揃って健康なのを本気で残念がっているような口調に、アンリは苦笑してしまった。

「クリスじゃ。クリス・ターナー。よろしくな。こっちはわしの連れ合いのメリーアンだ。ようこそ、我が家へ。是非いつでも遊びにおいで」

「アンリです、よろしくお願いします」

 ミセス・ターナーの料理は確かに絶品だった。三世代にわたる家族が揃っている様も賑やかだったが、近くには兄弟達も住んでいるそうで、全員揃うと、それはもう大変な騒ぎだとミセス・ターナーは笑った。

 アンリ達が半分ほど食べ終えた頃、5、6歳の小さな赤毛の女の子がクマのぬいぐるみを抱いてキッチンにやってきた。肩のあたりでおさげのリボンが揺れている。

「ママーお腹すいた」

「あら、遅かったわね、おチビさん。お客様にご挨拶なさい」

 女の子は、それで初めてアンリとゼロに気づいたようで、慌ててサラのスカートをつかんで、隠れるようにした。スカートの陰から、そっとアンリたちの方を窺っている。

 アンリは席を立つと、ゆっくり女の子に近づいて、しゃがんだ。

「こんにちは、アンリよ。よろしくね。あっちのお兄ちゃんはゼロって言うの」

 女の子は、自分の母親のスカートに半分隠れるようにしながらも、恥ずかしそうに顎を引いて、小さな声で答えた。

「……こんにちは」

「お名前は何ていうの?」

「サニー」

 女の子がはにかみながら小さな声で答えると、サラが笑った。

「サニーはあなたが抱っこしてるお友達の名前でしょ。アンリ、この子はベッキーよ。もうすぐ6歳になるのに、全くもう」

「あはは、なるほど。よろしくね、ベッキー」

「サニーにも挨拶、する?」

「もちろん。よろしくね、サニー」

 アンリはベッキーが差し出したくまと握手した。

 アンリはふと、ベッキーの左手が拳の状態のままなのに気がついた。

「ベッキー、何を握っているの?」

 アンリがベッキーの左手をそっと握ると、ベッキーが手のひらを上に向けて開いて見せた。開いた手のひらにはべったり溶けたチョコレートがくっついていた。

 サラが小さな悲鳴をあげる。

「いやだ、ベタベタじゃない。どうしたのこれ」

「知らないおじちゃんがくれたの」

「えっ?」

 大人達は揃って顔を見合わせた。

「ベッキー、お前どこで遊んどったんだ?」

「白いお花が咲いてるところ」

「あの辺にはウチの従業員か親族しか来んはずだ。見慣れん男がおったら、牧童か誰か気づいたはずだろう」

「ベッキー、全然知らない人だったの」

 ベッキーはこくりと頷いた。

「そのおじさん、どっちの方から来たの?」

「わかんない。急にいたの」

 ゼロがカトラリーを置くと、考え込んだ。

「……念のために尋ねるが、ベッキーは魔力を持っていたりするか?」

 ゼロの問いかけに、サラは目を丸くした。

「まさか!そんな兆候は全然ないわ。うちの家系にも、魔力を持った人は全然いなかったと思うわよ、ねえ、おじいちゃん」

「そうさな、わしの知る限り、おらんなあ」

「そうか」

 ゼロはホッとしたように小さく息を吐いた。

「とにかく、こちらでも巡回の回数と人員を増やそう。どうかみんなも気をつけてくれ」

「この辺じゃそんな物騒な話はなかったんだがな」

 アンリはふと黒の兵舎で聞いた話を思い出した。

「用心するに越したことはないと思う。黒の領地でも、5歳ぐらいの女の子が攫われそうになったって聞いたから」

「そうなのか?」

 アンリはゼロにも誰にも言ってなかったことを思い出した。

「うん。この間予防接種に行った時に聞いたの。女の子は無事だったらしいんだけど」

「怖いわねえ。ベッキー、そんなものは捨てちゃいなさい」

「お花の綺麗なチョコレートだったの」

 ベッキーは手の中で溶けたチョコレートを惜しそうに眺める。

「ベッキーは、チョコレートが好き?」

「うん、大好き」

「キャンディは?」

「大好き」

(良かった!)

 アンリがすっとゼロの方に手を伸ばすと、ゼロがキャンディを手渡してくれた。

「ベッキー、じゃ今日はこのキャンディをプレゼントするわ。あら、サニーと同じくまさんの形ね」

 ゼロが手渡してくれたのは可愛いくまの形をしたオレンジの棒付きキャンディだった。ベッキーがパッと顔を輝かせる。

「今度遊びに来るときは、きっとお花のチョコレートを持ってくるからね。だから、知らないおじさんがくれたものは捨てちゃおうか」

「うん」

 ベッキーはサラに手を差し出し、綺麗に拭いてもらうと、その手で嬉しそうにくまのキャンディを受け取った。

「ありがとうね、アンリ、ゼロ」

 アンリはサラに笑顔を返した。

「ゼロ、今日は随分可愛いキャンディを持ってたのね」

「新製品だからって勧められたものだ。お前が喜ぶかと思ってポケットに入れていたんだが、役に立って良かった」

 満面の笑みでキャンディを眺めるベッキーを見て、ゼロも頬を緩めた。

 アンリとゼロは、ターナーの牧場で楽しい時間を過ごしたが、あまり遅くならないうちに薬局に向かうことにした。

「ねえ、ゼロ。さっき、どうしてベッキーに魔力があるか、って聞いたの?」

 アンリは馬に揺られながら尋ねた。

「ベッキーのいう『おじさん』が、魔法を使ったんじゃないかと思ったんだ……どっちから来たのかわからない、急にいた、って言っただろう?」

「うん」

「魔法で移動すると、そうなる」

「魔法でそんなことができるの?」

「相当な魔力か強力な魔法石が必要だ」

 驚くアンリに、ゼロは冷静に説明する。

 アンリはゼロがひどく難しい顔をしているのが気になったが、説明の続きを黙って待った。

「それで、魔法の塔の連中を連想した。奴らは隠れて魔力を持つ人間を使った人体実験を繰り返していた。そのために魔力を持つ人間をさらうことさえあった」

 人体実験、という言葉に、アンリは急にあたりの気温が下がったような気がした。

「もう悪い魔法学者は、魔法の塔にはいないんでしょう?」

「ああ。だが、まだ掴まっていない上級魔法学者がいる」

「……実験に使われた人は、どうなったの」

 声が、震えた。

「ほとんどは命を落とした」

 ゼロの声は冷静なままだった。

 魔法の塔で生まれ育ったというゼロ。

 リコスが初めての家族だというゼロ。

 もしかして、ゼロも……。

 アンリは、心に浮かんだ疑問を口にできずにいた。

「……俺は14の時に魔力がつきたから、魔法の塔から追い出された」

 少しの沈黙の後で、ゼロの静かな声が告げた。

 ゼロの言葉の意味を理解するまで、わずかに時間がかかった。

 アンリは馬上で、そのままゼロに抱きつくように両手を回した。体が、かすかに震えていた。

「すまない、お前を怖がらせるつもりはなかったんだ。……お前を危ない目に合わせたりしない、心配するな」

 ゼロの優しい声に、胸がつまる。伝えたいことが山ほどあるはずなのに、言葉が出てこなかった。明かされた話の衝撃に、まだ心がついていかなかった。ゼロの胸に押し付けるようにしたアンリの耳に、規則正しい心臓の音が力強く聞こえている。

「ゼロが、生きてて良かった」

 アンリはやっとそれだけ言葉にした。

 ゼロが今ここに生きていてくれることが、ただ嬉しかった。

 馬はいつの間にか足を止めていた。

「お前は、温かいな」

 アンリを支えている腕に、わずかに力が込められた。

「少し急ぐから……そのまま、掴まっていてくれ」

 アンリは泣きそうで、顔を上げられなかった。声も出せず、ゼロの体に回した腕に力を込め、ただ頷いた。

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