赤のエースで妄想してみた その1 愛さずにいられない —第十六話—
街が本格的に活動し始めてすぐ、まだ朝の清潔な空気が残っている時間。
セントラル地区の公会堂の一室で、緊急会議が開かれていた。テーブルを囲んでいるのは、赤黒両軍のキング、黒のクィーン、書記官のブラン、外交官のムース。ブランの隣と赤のキングの隣の2席は空席だった。
「……では、両軍のキングも同じ物を受け取っているんだね」
「一言一句違わず同じだ」
ブランの問いかけに、ランスロットが表情を変えず答えた。
「こっちもだ」
レイが答えた。
「悪戯の可能性は」
ムースが問いかける。
「それも否定できないが、現時点で、アモンの側近だった二人の上級魔法学者の行方が不明のままだ」
シリウスが答えた。
「最悪の場合を考え、備えるべきだろう」
「今までクレイドル中どんなに探しても見つからなかったのに、一体どこにいたんだ」
レイが独り言のように呟いた。
「ほとぼりが冷めるまで、森の外にいた可能性はある」
答えたのはムースだった。クレイドルをぐるりと囲む入らずの森の外、つまり外国に身を隠していた、ということだ。
「問題は、なぜ今奴らが動き出したのか。仲間ができたのか、……あるいは新たな武器を手にしたのか……」
呟きながら、ムースは考え始めた。
ムースの言った「新たな武器」という言葉に、レイが反応した。
「なあ、奴らは一体どうして『クレイドルを混沌に陥れる』だけの魔法石を持っているんだ?いくら外国でも、そう簡単に大量の魔法石は手に入らないだろう」
「それもそうだな……」
シリウスがレイの言葉に考え込んだ。
「アモン・ジャバウォックが大量の魔法石を隠し持っていたという情報がある」
四人は一斉にランスロットの方を向いた。
この場にいるランスロット以外が初めて聞く情報だった。
「ランス、どういうことだ」
「言葉通りの意味だ。アモン・ジャバウォックは魔法の塔以外の場所に大量の魔法石を隠し持っていた。その大量の魔法石が、まだ見つかっていない」
「行方不明の二人の側近は知っていたのか」
「それはわからない」
ランスロットは物憂げなため息をつくと、説明を続けた。
「今、我が軍の兵士4名が特命を帯び、調査している。赤の領地とセントラル地区の3分の1の調査は完了した。あとは、セントラル地区の残り、黒の領地、そして入らずの森だ」
「調査っていうのはどうやってるんだ」
「帽子屋につくらせた装置を使っている。500m以内の多量の魔法石に反応する。クレイドルの1km四方のブロックを潰していく、地道な調査だ」
「その装置の大量生産は無理なのか?もっと人員を割けばいいだろう」
「装置はクレイドルを囲んでいる、入らずの森に自生する天然の魔法石を利用している。クレイドルの中で2つ以上の装置を使うと干渉しあって正しく動作しなくなるらしい。詳しいことは製作者の帽子屋に聞いてくれ」
しばらく考え込んでいたレイが口を開いた。
「わかった。魔法石の調査はそっちに任せる。俺たちは行方不明の上級魔法学者達を探す。アモンの魔法石が見つかったら報告してくれ」
「約束する」
「俺たちも捜査状況は報告する」
ランスロットが頷いた。
「……ランス、お嬢ちゃんにはこの『声明』について話さざるを得ないぞ」
「やむを得まい……だが、魔法無効化の力については本当に必要になるまでは知らせるつもりはない」
誰も反論はしなかった。
ブランが微笑む。
「赤の軍は、本当にアンリを大切にしてくれているんだね。ありがとう、赤のキング」
「……あれがクレイドルのために自ら危険に飛び込んでいくことは火を見るより明らかだ。そのようなことは誰も望まない」
「そう、そういう子なんだよ。よくわかってるね」
ブランが嬉しそうに笑みを深めた。
「働きぶりを見ていればわかる」
ふとランスロットの表情が和らいだ。
レイは、微かな驚きを含んだ表情で、じっとランスロットを観察していた。
会議は一時休憩となった。
レイとシリウスは会議室の片隅で水を飲んでいた。
「なあ……赤のキングってああいう奴だったのか?」
レイの独り言のような問いかけに、シリウスは一瞬目を見開いた。
「ああ、そうだな……今日のランスは俺の知っているランスに近いような気がする」
「そうか……ここ数ヶ月うちの議題になっていたアモンと赤のキングの面会も、結局魔法石の隠し場所を探るためだった。大量の魔法石を手に入れるためかと思ったが、そういうわけでもなさそうだ……」
思案していた様子のレイが、自分の髪に手を突っ込むようにして頭を掻いた。
「なんかスッキリしねえ。本当にあいつはアモンと繋がっていたのか?」
「ボス……」
「俺たちはずっと、あいつは魔法の塔と癒着していて、アモンとの戦いの時に寝返ったのだと考えていた……そうじゃなかったのか?俺たちは何を見落としている?」
ふ、とシリウスが笑いを漏らした。
「親善大使のお嬢ちゃんがいつか言った通りだな……俺たちは、もっと話しあう必要がある」
レイは辿々しく説明していたアンリのことを思い出し、頬を緩めた。
「ま、まずは目の前の問題だ。なんとしても二人の魔法学者を見つけ出し、一週間以内に捕まえる――お嬢ちゃんのためにも」
「ああ、わかってる」
アンリはゼロから預かった合鍵を使って、リコスに朝ごはんをやり、水をかえてから、少し遊んでやった。昨夜はゼロは帰ってこなかったらしく、主人が長くいない部屋はどこかひんやりとしている。
ゼロの宣言通り、ここ数日はゼロもエドガーもほとんど兵舎にいなかった。
アンリは落ち着かない気持ちで小さなため息をついた。
「じゃ、リコス、お昼にまたくるからね」
アンリがそっとドアを閉め、鍵をかけていると、エドガーが現れた。
「おはよう、アンリ、ここにいたんですね。すぐに支度してください」
「エドガー……、どうしたの?」
「これから公会堂に行きます。あなたを連れてくるように仰せつかりました」
アンリは慌ただしく準備したあと、エドガーと馬車にゆられ、公会堂に向かった。
馬車の中で、今日はアンリを連れて公会堂にいくため特務から一時的に外れたということ、本来はアンリを連れていくのはクィーンのヨナの仕事だが、ヨナは実はシリウスと相性が悪いので、今回はエドガーが拝命したことを説明してくれた。
エドガーに連れられて入った公会堂の小部屋には、ブラン、ランスロット、レイ、シリウス、そして外交官のムースがテーブルを囲んで座っていた。すでに会議が開かれて何か大切な議論がもたれていたらしく、どこか物々しい雰囲気が残っていた。
「よお」
「お嬢ちゃん、元気か」
まず黒の軍の二人が挨拶してくれた。
「こんにちは。先日は、どうもお世話になりました」
アンリも微笑んで挨拶を返した。
「君は、初めて会った時とずいぶん印象が違うね」
じっとアンリを観察していたムースが言った。以前赤の兵舎であった時は、ずっと眠そうな顔をしていたのに、今日は元軍人らしい鋭い目でまっすぐにアンリを見ていた。
「えっ、そうですか?」
「そう。ここに来たばかりの時は、そんな風にまっすぐ人を見ることもなかった。そうか、君は本当はそんな顔をしていたんだね」
ムースの目元が和らいだ。
「アンリ、ここにお座り。急に呼び出してごめんね。君のこれからの事を相談したかったんだ」
ブランが自分の隣の椅子を引いてくれたので、アンリはそこに座った。エドガーにも馬車の中で聞かされていたが、『これからの事』という言葉に、少し緊張する。アンリは先週送ったブランへの手紙で、クレイドルにずっといることはできるのか、と相談していた。
「そんなに心配することはないよ。結論から言って、君がこの先も好きなだけクレイドルに住み続けることは可能だ」
ムースの端的な回答を聞いて、アンリはホッとした。
「国内の情勢が安定したこれからは、クレイドルは外交にもっと力を入れていく。同時に、クレイドルへの移民に関してもだんだん厳しくなっていく。でも君には仕事もあるし、言葉の問題もない。ブランという保証人もいる」
「お嬢ちゃん、仕事が必要なら、黒の軍に来てくれてもいいぞ」
「まて、シリウス。なぜそうなる。アンリはすでにうちの職員だ」
「アンリ、うちからセントラルの病院に通うこともできるよ。あそこも確か看護師を募集していた」
「ブラン、その必要はない。アンリはうちの職員だ」
「まあまあ、アンリの希望するところで働いてもらえばいいでしょう」
エドガーの言葉に、みんなが一斉にアンリを見た。
「あの、私は赤の軍で仕事を続けたいです。……できれば」
「いいだろう」
大様に許可を出すランスロットを見て、シリウスとブランが笑いを噛み殺していた。
「よかったな、お嬢ちゃん」
シリウスはこっそり小さな声でそういうと、微笑んだ。
(そうか、シリウスさんやブランがああ言ってくれなきゃ、言い出せなかったかも知れない)
「……ありがとうございます」
アンリはシリウスに小さな声でお礼を言った。
「どうやらクレイドルには君を必要とする人がたくさんいるみたいだけど、ロンドンに心残りはないのかい」
ムースが穏やかな声でアンリに尋ねた。
「私がいなくなったことで、放火も無くなったのなら、もうそれでいいと思います。でももしまだ、何かよくないことが続いているなら、ちゃんと決着をつけないといけません。この先ずっと警護をつけてもらうようなことがないように」
「お嬢ちゃん、それに関しては、話しておかなきゃいけないことがある」
シリウスがランスロットを見ると、ランスロットが頷いた。
「あんたの追っかけの三人に少し話を聞いてみたんだ。ランスに頼まれてな」
「えっ」
「残念ながら依頼主は奴らにもわかっていなかった。だけど目的はわかった。彼らが受けた依頼はあんたを亡き者にすることではなかった。依頼主はロンドンのホテルであんたを待っていて、奴らの仕事はあんたをそこへ連れていくことだった」
「……ゼロが、奴らには殺意がなかったのでは、と言っていた」
ランスロットが静かな声で言った。
「まあ、あんな柄の悪い奴らをよこすぐらいだ、ろくな依頼主じゃないだろうがな」
「じゃあ、私が依頼主と話をしたら、解決していたかも知れないの?」
「いや、依頼主に殺意がないとは限らない。あんたの選択が間違っていたとは思えねえ。それに、あの三人は、放火には関与していないと主張している……」
テーブルに沈黙が落ちる。全員が考え込んでいた。
「まだ手がかりが足りませんね」
エドガーが言った。
「次の満月に僕が科学の国の探偵に会ってくる。これ以上の議論は、その報告を聞いてからでないと、意味のあるものにはならないだろう」
ブランの言葉に、みんな頷いた。
自分のために心を砕いてくれる人がいる。クレイドルに来る前からは、考えられないような心強さだった。
「さて、アンリ。クレイドルで暮らすにあたって、もう少し君が知っておかなくてはならないことがある」
アンリは改めて話し始めたムースの方をみた。
「先の戦いで、魔法の塔の最高司令官であるアモン・ジャバウォックは捕獲された。今もこの公会堂の近くの建物の地下に幽閉されている。しかし彼の側近であった二人の上級魔法学者、ダリム・トゥイードルとジャスパー・コールは逃亡し、まだつかまっていない。君が理解しておかなければならないのは、彼らが科学の国の人間に執着し、恨みを持っていることだ。科学の国の人間が捕まったら、おそらく彼らの人体実験の材料にされると思った方がいい」
科学の国の人間が恨まれている、という話はオリヴァーから聞いていた。でもそこまで深刻だとは思っていなかった。
アンリは思わずスカートを握りしめた。
「さらに今朝早く、『一週間以内にアモンを解放しなければ、クレイドルを魔法攻撃による混沌に晒す』という内容の手紙が、両軍のキングと書記官のブランのもとに届いた。差出人は、『アモン・ジャバウォックの盟友』」
アンリは息を飲んだ。この会議室に入ってすぐの物々しい雰囲気の理由がやっとわかった。魔法攻撃を知らないアンリには、魔法攻撃による混沌がどんなものかわからない。だが、彼らのやり方は、科学の国のテロリストたちと同じだ。
クレイドルの政府が、今、国を人質に脅迫されているのだ。
「俺たちは、アモンを解放するわけにはいかない。一週間以内に必ずトゥイードルとコールを見つけ出し、捕まえる」
レイが宣誓するように言う。
「だがな、お嬢ちゃん。万が一、一週間以内に彼らを見つけ出すことが出来なければ、クレイドルもまた安全な場所ではなくなる。酷なことを言うが、もし次の満月までにクレイドルの問題が解決しなかったら――よく考えた方がいい」
「……はい」
国民の混乱を防ぐため、この声明に関して、アンリはきつく口止めされた。現時点で声明があったことを知っているのは、ブランとムース、そして両軍の幹部の一部だけということだった。
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