愛さずにいられない —第二十三話—


赤のエースで妄想してみた その1 愛さずにいられない —第二十三話—


 ブランは、祝賀会が開始してしばらく経った後、トンネルが開く直前にガーデンに駆け込んできた。

「ごめんごめん、遅くなった」

「何やってんだ、急げ。もうトンネルは開くぞ。向こうで探偵を待たせているんだろう」

 薔薇のアーチの向こうへ走るオリヴァーとブランを、アンリとアリス、ゼロも慌てて追いかける。

「じゃあ、行ってくるよ、アンリ。大丈夫、全て上手くいくよ」

 トンネルの手前で振り返ったブランは、歌うように言うと、優雅に笑って見せた。

「行ってくる。駄犬とその飼い主、ポンコツを頼むぞ」

「わかった」

「行ってらっしゃい」

「気をつけてね」

 オリヴァーとブランは慌ただしくトンネルに飛び込んだ。

 ふう、とアリスがため息をついた。

「あの……アリス、オリヴァーまで巻き込んでしまって本当にごめんなさい」

 ぷに、とアンリの両方の頬がつままれた。

「そんな顔しないで、アンリ。オリヴァーはね、そういう人なの。アンリのことも、ブランのことも放っておけないの」

「うん、世界一口が悪くて世界一頼りになる友人だってブランが紹介してくれた」

 アリスの顔がパッと明るくなり、誇らしげな顔で笑った。

「そうなの。そういう人なの」

 アンリはお礼の言葉を繰り返す代わりに、笑顔を返した。

 3人で薔薇のアーチをくぐり、会場に戻るとすぐ、赤の3がゼロを呼びにきた。

「ランスロット様がお呼びだ」

「わかった、すぐ行く」

 ゼロは駆け出そうとしたが、すぐにアンリの方を振り向いた。

「いいな、もう一滴も飲むんじゃないぞ」

 アンリにそう言い聞かせるように言った後で、ランスロットの方へ駆けて行った。

「アンリ、今日お酒飲んでたっけ?」

 一緒にいたアリスが不思議そうに尋ねる。

「えっと……」

 アンリがセスにからかわれて赤くなったのをゼロが誤解したことを説明すると、アリスが楽しそうにコロコロと笑った。

「やだ、ふ、二人とも面白い……。ねえ、アンリ、聞いてもいい?」

「なあに?」

「ゼロとはどうなってるの?」

「どうって……」

 言ってるそばから頬が熱くなってくる。周りを見て、誰も聞いてないのを確認してから、アンリは小さな声で答えた。

「その……別に、どうもなってない……まだ」

「まだ」

 言葉尻を捉えられて、ますます頬が熱くなって、俯く。

「ゼロは、まだ何も言ってくれてないの?」

「えっと……うん」

 言葉では、何も。

 当たり前のように一緒にいて、お互いによく似た気持ちを抱えていることはわかってる。

 ゼロはアンリを大切に思ってくれている。でもそれがアンリの気持ちと同じなのか、リコスを大切に思う気持ちと同じなのか、わからない。

 ゼロが白いばらをくれた夜を思い出すと、やっぱりゼロも同じ気持ちでいてくれるのでは、と期待するけれど、自信がなかった。

 そういえば、キスは帰ってからにする、と言っておきながら結局何もなかった。あれも、もしかしてカイルの冗談に冗談で返しただけなの?

「こういうのって、ちゃんと言葉にするものなの?」

 アンリは困ったような顔でつぶやいた。

 私が言うの?それともゼロが何か言ってくれるのを待つものなの?

 ぐるぐると考え始めたアンリは、目の前にそれらの疑問をクリアした大先輩がいることに改めて気づいた。

「アリスとオリヴァーの時はどうだったの?」

「え」

 逆に聞かれて、今度はアリスがぱっと頬を染めた。

「アリスがオリヴァーに何か伝えたの?それともオリヴァーが……」

 さっきまでと立場が逆転した。さっきまで俯いていたアンリが、真剣な顔でアリスに詰め寄って、アリスは少しずつ後退し始める。

「私達は……」

 アリスは何か言いかけて、両手で顔を覆った。

「だめ!もったいなくて話せない」

「ええーっ?」

 アンリは思わず不満そうな声をあげてしまった。

「ひ、人それぞれだから、きっと参考にはならないよ。」

「そういうものなの?」

「うん。アンリは、ゼロとこれから、どうなりたいの?」

「えっと……それは」

 まだ誰にも言ってない、アンリのわがままな願いが一つ、心に浮かんだけど。

「……内緒」

 二人は赤くなったまま俯いた。

「……そうだ、とりあえず、なんか食べよっか」

「うん」

 アンリとアリスは揃って赤い顔をしたまま、照れ隠しのようにえへへ、と微笑みあうと、連れ立って、軽食の並ぶテーブルに向かった。

 カトラリーの置いてあるテーブルのそばで、フェンリルとレイが話していた。フェンリルは後ろ向きなので表情がわからないが、片手を腰に当て、レイに何か言い聞かせているようだ。レイは、腕組みして、少しむくれたような顔をしている。近づくと、フェンリルの声が聞こえてきた。

「だからさ、相棒。まずその癖をなんとかしろよ、子供じゃないんだから」

 俯いていたレイが顔をあげ、アンリとアリスに気づいた。

「気に入った女の子に意地悪……」

 レイが、ばっと勢いよくフェンリルの口を塞ぐ。

 後ろをみたフェンリルは、アンリたちに気づいて、しまった、と言う顔をした。

 レイは、そのまま、アンリたちの顔を見て、低い声で言う。

「お前たちは何も聞いてない。いいな」

「わ……わかった」

 アンリが素直に答えると、レイは片眉をあげ、不満そうな顔になる。

「そう素直に応じられんのも気にくわねえな」

 そう言いながら、レイがいきなりアンリの頬をぎゅっとつまんだ。

「ふぇ?なにするの」

(素直に従ったのに、どうして……!訳わかんない)

 アンリは救いを求めて、横目で周りをみた。

 フェンリルは片手で目をふさぎ、空を仰ぐようにしてため息をついている。

 アリスはなぜか頬を赤らめ、両手を口元に当てて、目を丸くしていた。

 どちらも助けてくれる気はなさそうだ。自分でなんとかしなくては。

「わ、私にあんまり意地悪しない方がいいよ。今日は武装してるんだから」

 アンリはポケットに手を入れた。

「へえ。アライグマ一匹よけらんねー奴が俺に喧嘩売んの?……上等」

 レイはアンリの両頬をつまむと、パン種みてえだな、などと失礼なことを呟きながら、面白そうに笑った。

 アンリが覚悟を決めて「アンリ玉」を取り出したところで、血相を変えたカイルが飛んできた。

「待て待て待て、アンリ、お前ここで新しく開戦理由をつくる気か!そんな物騒なもんはしまえ、今すぐ」

 カイルは慌ててアンリを羽交い締めにして止める。

「アンリ、ごめん、俺が相棒の代わりに謝る。ここでそれ使うのだけは勘弁してくれ」

 フェンリルも慌てて間に割って入った。

「何を騒いでいる」

 ランスロットとシリウスまでがやってきた。

 一触即発の状態で睨み合うアンリとレイを見て、ランスロットが呆れたようなため息をついた。

「その武器をしまえ、親善大使」

 アンリは渋々アンリ玉をポケットに戻した。

「悪いな、お嬢ちゃん。こいつらにはよく言っとくから勘弁してやってくれ」

 シリウスが苦笑しながらレイの頭をかき回した。

「やめろよ、おっさん」

「おっさん言うな。そこにすわれ、ガキども」

 説教モードに入ったシリウスを後目に、ランスロットは歩きはじめた。

「アンリ、ケーキが向こうに来たぞ。機嫌を治せ。アリス、お前も来るが良い。甘いものが好きだとヨナから聞いている」

 アンリは以前、ランスロットがアリスを無理やり赤の兵舎に連れ去ったことを聞いていたので、アリスがランスロットを怖がるのではないかと心配になった。でもアリスはアンリと目が合うと、にっこり笑って見せた。

「あの、ランスロット様、……黒のキングと喧嘩してしまってごめんなさい」

 アンリはランスロットの後を歩きながら、おずおずと謝った。

 親善大使が聞いて呆れる。

 アンリは大人気なかったと、深く反省していた。

「喧嘩……」

 ランスロットがふっと口元を緩めた。

「お前、いつの間に黒のキングを籠絡した。なかなかやるな」

「ロウラク?」

 ランスロットはなぜか愉快そうな顔をしていた。

 アンリは籠絡という言葉ならもちろん知っているが、今ここでランスロットがいうセリフには相応しくない。

 訳のわからないアンリが、助けを求めるようにアリスの方を見ると、アリスはちょっと頬を赤らめて、にっこり笑って誤魔化してしまった。

 ランスロットに連れられケーキのテーブルにいくと、ゼロが待っていた。

「助けてやれなくて悪かったな。ランスロット様に止められたんだ」

 さっきレイにつままれた頬を、ゼロが苦笑しながらそっと撫でる。

 子供みたいに喧嘩しようとしたところを見られたのかと思うと、アンリは気恥ずかしかった。

「お前が行ったらかえって面倒になっただろう」

 ランスロットは言うと、ゼロの肩を軽く叩いた。

「なかなかの強敵が出てきたな。負けるなよ」

 ゼロは不思議そうに二人を見ているアンリに気づくと、微笑んだ。

「もう気にするな。紅茶を入れてやるから座ってケーキでも食べろ」

「ほんと?ありがとう」

 ゼロの紅茶が嬉しくて微笑んだアンリだが、テーブルを見るとさらに笑顔が輝いた。

 テーブルには、様々な種類の小ぶりなケーキが所狭しと並んでいて、ケーキの並んだ皿のタワーまであった。ケーキはどれも凝ったもので、アンリは思わず小さな歓声をあげた。

「どうしよう、選べない」

「何言ってるの、アンリ。二人で協力して全種類制覇するわよ」

 アリスが隣で、任務に赴く兵士のように気合の入った表情をしていた。

(いい友達になれそう……!)

 華やかで美しいアリスにいつも少し気後れしていたアンリだが、今この瞬間、アリスとはいい友達になれる、と確信した。

 女の子の固い友情は、時に胃袋で結ばれる。

「よし、全種類制覇」

 アンリも並んで気合を入れなおした。

「すごい!これ、中がトロトロのチョコレートとラズベリーソースだった」

「間違いない組み合わせ。こっちは洋梨とレアチーズだった」

「え、合うの?」

「美味しいの、それが。この組み合わせは初めてだけど大発見した感じ」

「さすがお菓子屋さんらしいコメント」

 二人はもはや許可を求める手間も省いて、お互いの皿にフォークを伸ばす。

「わあ、いいチョコレート」

「本当だ、美味しいね」

「私次はそのタルトにする」

「じゃあ、私はそっちのオレンジのムースを」

 いつの間にか給仕係になってしまったゼロが、手際良く次のケーキを二人の前に置いてくれた。

 きゃあきゃあとはしゃぐ二人は、この祝賀会が始まった時とは別の形で注目を集めていたが、本人たちはケーキに夢中でそれどころではなかった。

 最初は二人の様子を微笑ましく見守っていたランスロットは、次第に驚愕の表情になり、呆れた表情になり、今は見ているだけで胸焼けがする、と目をそらしてしまった。

 最初の宣言通り、全種類制覇した後でさらにそれぞれのお気に入りを3つずつ平らげた後、二人はゼロに新しく淹れてもらった紅茶を飲み、ホッと満足げなため息をついた。

 ランスロットが気を取り直すように咳払いすると、アリスの方をみた。

「いつかは手荒な真似をして、すまなかった」

 ブランの家からアリスをさらった時のことだ。もしかしたら、ランスロットはこのためにケーキを用意したのかと、今更ながらアンリは気づいた。黙って二人を見守る。

 アリスが、思い切ったようにランスロットに尋ねた。

「ランスロット様は、もしかして、……あの時、私を守ろうとしてくださったんですか?今の、アンリみたいに」

 それはアンリがずっと感じていた疑問だった。アリスが言い出したことに、アンリは少し驚いた。

 ランスロットも驚いた顔をしたが、ふっと目元を和らげた。

「ブランの家にいるよりは、兵舎の方が安全だと思った」

「あの時、そう言ってくだされば」

「あの時は、ああするしか方法がなかった」

 何か事情があったのだろう。やっぱりランスロットはアリスを守ろうとしたのだ。アンリはそれがはっきりしただけで、嬉しかった。

「オリヴァーとブランと話してたんです。もしかしたら私たちは、赤の軍を誤解していたんじゃないかって。……アンリが、赤の兵舎ですごく安心して、楽しそうに暮らしているから」

 アリスはそう言ってアンリの方を見た。ランスロットもアンリを見る。突然二人に見られて、アンリは戸惑った。

 ランスロットは、そうか、と呟くように言った。

(やっぱりランスロット様はランスロット様だった)

 どんな事情があったのかまではわからないが、アリスを守ろうとしていたのだ。アンリは、一つ大切な真実にたどり着けたような気がして、嬉しかった。

 紅茶をもう一口飲む。ゼロの淹れてくれた紅茶はとってもいい香り。ランスロットとアリスは穏やかに微笑んでいる。両軍の兵士たちは混じり合って、楽しそうに談笑している。アンリを追ってきた3人の男達も、今は穏やかに微笑んで、ロンドンに帰る時間を待っている。

 早朝、ゼロが無事に帰ってきてから。アンリは今日1日で、たくさんのプレゼントをもらった気がした。

「お誕生日とクリスマスがいっぺんに来たみたい」

 隣の席のゼロに言うと、ゼロが優しい微笑みを返してくれる。

 アンリはとても満ち足りた幸せな気持ちになって、その幸せを噛み締めるように、そっと目を閉じた。そして、そのまますとん、と寝てしまった。

 ブランがオリヴァーと共に、無事クレイドルに戻ってきた時には、アンリは白い軍服に埋もれるようにして熟睡していた。傍では、人差し指を口に当てたアリスが微笑んでいた。最初はゼロの上着だけだったのが、丈が短いからそれだけでは寒いだろう、と赤の軍の「お兄様たち」が自分たちの上着を次々かけていったのだ、とアリスが小声で説明した。

 ブランがそっとガーデンを見回すと、いつもきっちりと制服を着込んでいる赤の兵士たちが、シャツ姿だった。上着を着ていないだけで、少しくつろいだ、柔らかい印象になる。そのせいか、彼らは黒の軍の兵士たちと混ざって和やかに話していた。ブランは夢のような光景だな、と小さな声で呟くと、アンリに目を戻した。守られた子供のように、安心しきって眠るアンリを見て、目を細める。

「君はここで暮らした方がいい。少なくとも、後何年かは」

 ブランは心を決めたように、ランスロットに向き直った。

「ランスロット、これからもアンリを頼めるかい」

「……軍の職員を守るのは、キングとして当たり前のことだ。だが、お前のそのセリフは、別の人間に言うべきだろう」

 そう答えたランスロットの視線の先には、気遣わしげな表情でこちらに歩いてくるゼロがいた。

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