シメオンの瞳は、いつか見た天界の青空の色。
それがまあるく大きく見開かれて、彼の上に馬乗りになったわたしを見上げている。
首尾は上々。
なんとしてもこのミッションを遂行してみせる。
「えっと……どうして、こんなことになってるのかな?」
それはね、君がソファに座ろうとした時に、あらかじめ仕掛けてたトラップが発動したから。
何しろソロモンとサーティーンの協力のもと、さらにサタンも加わって、練りに練ったトラップなのだ。彼らの惜しみない尽力に、心から感謝を捧げる。
ソファに倒れ込んだシメオンは、両手を揃えたまま頭上で固定されている。彼の両手を固定しているのは、彼がいつも世話しているエスキナンサス。天井から吊り下げられた鉢からこぼれるように伸びている茎が、両手首にくるくると巻き付いている。
華奢で頼りない茎だけど、もちろん簡単にちぎれたりしないし、シメオンの肌を傷つける心配もない。優秀な頭脳が集まって開発した理想的な拘束具。
しかも、ソファの座面がベッドのように前に拡張されるというおまけつき。彼の長い両足は、無防備に前に投げ出されていた。
「すごく凝った魔法だねえ」
自分の両手を見上げ、大きくなったソファを眺めたシメオンは、しみじみと感心した。
「そりゃあ、ソロモンも協力してくれたしね」
「ソロモンが?……なんだ、そっか。ちょっと安心した」
シメオンがふわりと、状況にそぐわない柔らかな笑顔を浮かべた。
彼のソロモンへの信頼が意外と厚いことにこっそり驚く。
でもすぐに気を取り直して、彼の首の後ろに手をまわし、ホルターネックの後ろのホックを外した。
そのまま、シメオンのしなやかな体にぴったりと沿う黒いインナーを腰のあたりまで下ろす。
滑らかな褐色の肌の下の無駄のない筋肉は、彼もまた戦う天使だったことを思い起こさせる。
「あの、MC、何をするつもり……?」
「大丈夫、痛いことも怖いこともしないから。ちょっとだけそのまま我慢してて」
わたしはシメオンを安心させるように微笑んで、その褐色の滑らかな肌に指をそわせた。
本当はそんな必要ないし、早く目的を果たさなくてはならないんだけど。
彼の均整の取れた身体がとてもきれいだったので、つい。
「……ん」
シメオンがぴくりと震え、小さな吐息混じりの声が漏れた。
今度は舌を這わせる。胸にある、小さなぷにぷにした突起の上を辿ると、シメオンがみじろぎした。
「これ、気持ちいい?」
「わかんない、けど、変な感じ……」
頬を染めたシメオンが、不安げに目を彷徨わせる。
「ふうん」
乳首の感度には個体差があるってアスモが言ってたけど、シメオンはどっちなんだろう。
もうちょっと検証してみようか。なるべく早く目的を達するべきではあるんだけど。わたしは今度は口の中にそのぷにぷにを含んだ。
「は、ねぇ待って、MC、待って。話をしよう」
「話?」
「俺たちは色々話し合った、ほうが、あっ……いいと、んっ、思うん……だ、けど」
「いいよ、聞いてるから続けて」
「ねえ、なんか、変じゃ、は、あんっ、ない?」
舌が腰骨のあたりまでたどり着くと、シメオンの声がまた上ずった。
なんだかひどく暑い。エアコンの効きが急に悪くなったみたい。
見ると、二人ともすっかり汗をかいている。
「暑いね」
わたしは着ていたTシャツを脱ぎ捨てた。
シメオンが途方に暮れたような表情でわたしを見る。なんだか泣き出しそうな顔。
「どうしてMCは、こんなことする、んっ、の」
彼の服をさらに下げようとした手が彼の下腹部を撫でたせいか、シメオンの声がまた微かに跳ねる。
「シメオンの子供が欲しいからに決まってるじゃん」
「へ」
シメオンがぽかんとした顔で固まった。その隙に、腰のあたりに溜まっていた服を下着ごとひき下ろし、すっかり抜き取ってしまう。
「え、MC……!」
シメオンが、いたたまれないように赤くなった顔を背け、目を閉じる。
剥き出しになった彼のペニスは固く勃ちあがりかけていた。
「大きくなってる」
「そりゃ、……にこんなことされたら、誰だって」
ごにょごにょ小声で言ったところは聞き取れなかったけれど、男は拘束されると誰だって勃起するということだろうか。それはわたしにとっては新情報だった。どんなに情報を集めても、やっぱり知らないことはあるものだ。
「ねぇ、MC、やっぱりこんなこと、わぁっ」
彼のペニスを口に含むと、シメオンは驚いた声をあげた。逃げようとする腰を両手で抱きしめるようにして抑える。
アスモに教えてもらったように、先の方を優しく舌でくすぐって、決して歯を立てないように、舌を丸めてできるだけ喉の奥まで呑み込んで。アスモのレクチャーを受けたのはお祭りでチョコバナナを食べた時だ。他の兄弟たちは悪ノリしすぎだって怒ってたけど、真面目に聞いておいてよかった。
「あっ……ん」
シメオンはそれ以上逃げようとはしなかったけど、声を殺すようにして身をよじった。
「きもひ、いい?」
「ん……すごく、気持ちいいよ」
シメオンは悩ましげに眉をよせ、目を閉じたまま素直に頷く。
彼のペニスが十分固くなったところで、わたしは口を離して一旦立ち上がった。
シメオンがせつなげな顔でこちらを見あげた。
身体に残っていた服も下着も全部外して、シメオンの腰を挟むような形で膝立ちになる。
大丈夫、頭の中で何度もシミュレーションした。今のところ、予定通りに事は進んでいる。
「ねえ、待って、MC、やっぱりこんなの変だよ」
「シメオンは何も気にしなくていいから」
「一人で子供を産んで育てるなんて、とても大変だよ」
シメオンの言葉に、わたしはつい笑ってしまった。
「七大君主を従えるわたしに言ってるの?」
家族会議でシメオンの子供が欲しいと言った時、みんなは大歓迎してくれた。今日メゾン煉獄でこうして二人きりになることができたのは、マモンがルークを遊園地に連れ出してくれたおかげでもある。ルシファーはクールに「まあいいだろう」と言っただけだったけど、翌日彼の書類の山にベビーベッドのカタログが何冊か混じっていた。アスモはベビー用品のプロデュースを始めたし、レヴィは赤ちゃんが喜ぶという動画を見つけてはストックしてる。サタンは胎教についてたくさんの本を図書館で借りてきて読み耽っている。双子たちはちょうど人間の赤ちゃんと同じサイズのぬいぐるみを買ってきて、ベールはお腹が減っても絶対にそれを食べないように、ベルフェは添い寝中にそれを潰してしまわないように訓練中。
魔王城の二人もわたしたちの赤ちゃんを楽しみにしてくれている。バルバトスは離乳食は任せてください、とにっこりしたし、ディアボロも赤ちゃんの誕生日は魔界の新しい祝日に制定しよう、と嬉しそうだった。気の早いメフィストはRADの隣に保育園を作るべきでは、と真面目に企画書を出してきたし、ラファエルは人間界の子守唄の練習をしてくれている。
「ね、だから心配はいらない」
わたしの説明を聞き終えたシメオンは小さくため息をついた。
「MCが可愛いからって、みんな悪のりしすぎ」
話は済んだようなので、わたしは彼のペニスを自分の中におさめようとした。
これだけみんなが協力してくれてるんだから、なんとしてもシメオンに、わたしのお腹の中に吐精してもらわなくては。
だけどなんだか上手くいかない。
「あれ?おかしいな」
「MC、どこに挿れるかちゃんとわかってる?」
「うん、ちゃんと指を入れて確認したから」
シメオンはなぜか目を固く閉じて唇を噛み締める。
ちょっともたついたけど、なんとか先の方だけ中に入った。
いつの間にか二人とも、滑稽なほど息が上がっている。
シメオンはさっきから苦しそうに眉を寄せている。
「はあ……、MC、ねえ、聞かせて。どうして俺の子供が欲しいの?」
「優秀な男の子供を産もうとするのは、生き物の本能でしょ」
わたしは途中でつっかえて進まなくなってしまった彼のペニスをなんとか奥まで挿れようと姿勢を変えたり、指で調節したりしながら答える。
シメオンは時々せつなげな声と共に身を捩った。
「優秀? でも、ルシファーやディアボロの方がずっと優秀じゃない?」
「三界一優れた男はシメオンでしょ。もちろんあの二人も優秀だとは思うけど、シメオンが一番賢くて強くてカッコよくて優しいじゃない」
シメオンが苦しげに眉を寄せたまま、少し笑った。
「ありがとう、MC。君が……、そう言ってくれるのはっ、すごく、嬉しいんだけど、それって欲目っていうやつじゃない……か……な」
どうしよう、どうやっても、奥までうまくはいらない。
それなのにシメオンがよくわからないことを言うので、わたしはつい投げやりになって、声を荒げてしまった。
「人間の女は好きな男の子供が欲しいって思うものなの!」
いろんな小説にも漫画にもあった。わたしがシメオンの子供が欲しいって思うのは、当たり前の気持ちなんだから。
シメオンが困り果てた表情のまま、笑い出した。
「ふ、ふふ……君って、本当にもう……。ねえ、MC、大丈夫だから、そんなに焦らないで」
今日一番優しい声がした。
「好きにしていいから。MCに俺をあげる」
わたしはびっくりしてシメオンの顔を見る。
「それとも、赤ちゃんだけでいい?俺のことはいらない?」
その発想はなかった。
「シメオンがわたしのものになるの?」
「うん。それでいつか子供ができたら、みんなの協力もありがたいけれど、二人で育てよう」
その発想はなかった。
全くなかったけれど。
「悪くないね!」
わたしが心から賛同の意を示すと、シメオンがまた笑う。
「ねえ、キスしてくれる?」
シメオンがそっと目を閉じてキスを待つ。
わたしは誘われるままに唇を重ねた。
触れるだけのキスの後、目を開いて、間近で見つめ合う。
「気持ちいい」
素直な感想がこぼれた。
「もう一回する?」
「うん」
もう一度唇を重ねる。
3回目はシメオンが何か言う前に、自分からキスした。
離れると名残惜しくて、すぐにまた唇を重ねる。シメオンは何度でも応えてくれた。
ゆっくりと、誘われるままに舌を差し出す。
何度も繰り返すうちに、時折どちらのものともわからない微かな声と吐息が混じった。
とろとろと甘く甘く繰り返し、芯からとけていく。いつの間にかシメオンのペニスはわたしの中にすっかり収まり、わたしの腰はゆらゆらと揺れている。
「好きだよ、MC」
キスの合間に、唇が触れるぐらいの距離で、シメオンの掠れた声がした。
身体が熱い。
大きな熱風が出口を探して体を駆け抜ける。
わたしは声にならない悲鳴をあげて、高く、高くへ。
脱力した身体を、シメオンの両腕が抱きとめた。
「なんで、腕……」
ぼんやりとして呂律が回らない。
「さっき君に好きだって伝えた時に、やっと外れた。ソロモンも粋なことするよね」
シメオンの囁く声とくすくす笑いが心地いい。
「俺がもっと早く、ちゃんと伝えればよかった」
わたしはぐったりした体をシメオンに任せたまま、まだ動けない。
「ねえ、MC、このまま続けてもいい?ゆっくりするから」
「……うん」
何を聞かれたのかわからないまま、呂律の回らない返事をして、揺籠のようにゆらゆらとゆれる。
「君って、成績もいいし勤勉だし、すごく頭がいいのに、時々、すごく……なんていうか」
透き通った甘い蜜にとろとろと絡め取られるような、シメオンの甘い声と息の音。
「そういうところが可愛いんだけど」
シメオンの言葉は音楽のようで、もう意味は頭に入ってこない。
わたしはゆらゆら揺れながら、どうして赤ちゃんを授かるための行為がこんなに気持ちいいんだろうと不思議で、ああ、そういえばこの行為はmake loveとも言ったな、なんて取り留めのないことを思っていた。