10冊目|慈雨 (著:柚月裕子)


 佐方貞人シリーズを読んでどハマりした柚月裕子さんの長編小説です。熱くて真面目なおっさんが出てきます。かっこいいです。

慈雨  柚月裕子 (集英社文庫)

 警察官を定年退職し、妻と共にお遍路の旅に出た主人公。そこで、16年前に自分が捜査に関わった事件とよく似た誘拐殺人事件が起きます。この事件の解決も一つのミステリではあるんだけど、16年前の事件で主人公に何があったのか、この夫婦は何を抱えているのか、主人公は何を抱えているのか。それぞれが、物語が進むにつれ明らかになっていきます。寝る前に読むのはオススメしません。やめられなくなって、翌日の仕事にひびきます。

 主人公は16年前の事件について大きな悔恨を抱え続けています。この事件が非常に痛ましいもの。同様の事件が起きてしまったことをきっかけに、主人公は昔の部下と連絡を取り合いながら、もう一度過去の事件に向き合います。事件は首都圏でおきたものなので、お遍路さんしながら事件の推理をするところが、安楽椅子探偵っぽくて面白い。でも椅子に座りっぱなしじゃなくて、お遍路さんしているので、主人公も毎日いろんな人にあったり、奥さんとけんかしたり。

 逆打ちの男や千羽鶴婆さんなど、道道会う人も印象深いです。主人公にずっと寄り添ってきた奥さんや、部下の青年や課長、自宅で犬と留守番している娘。主人公を取り囲む人々がみんな自分の人生や社会に対して誠実な人で、悲しい、やりきれないような出来事が出てきても、暗い気持ちに落ちてしまいません。

 誠実に生きてきた主人公の半生を辿った後でのこの結末は、決して軽やかなものではありませんでした。でも読後感は悪くなくて、むしろ晴々とした気持ちになります。

 柚月さんの小説を読んでて、何となく大好きな今野敏さんを思い出しました。文体とかは柚月さんの方が流暢な気もするけど、共通なのはおっさんのカッコよさと安心して読める読後感の良さ。偉そうなことを言ってしまうと、多分作家さんが今までの人生で培ってきたモラルというか良心とかそういう価値観が、私の中の価値観とずれないんだと思いました。こういう感覚は誰とでも一致していたいものだけれど、現実はそうはいきません。

 ゲームでも小説でも漫画でも、製作者側のモラルや考え方というものは作品に現れるな、と感じることがここ最近多かったので、ちょっといろいろ考えてしまいました。

主人公がすごく立派なおっさんなんだが、それでも娘の恋人である部下に屈託を抱いたりする人間臭い人。

2014年初出だそうで、柚月さんはまだ40代半ばぐらい?それで定年後のおっさんをこんなリアルに書くってすごいな

女性はリアルな男性を書けるけど、男性はリアルな女性は書けない、という話を読んだことがあります

それは事実な気がするけど、別にそれでいいんだよ。

こんな女いねーよ、って女性が主人公や準主人公でも今野敏や松岡圭祐作品はすごく面白いし、読んでて楽しいじゃん

一回ぐらい美少女とか美女じゃない女性を主人公にしたやつが読んでみたいとも思うけど、書いてて楽しくないのかもな、おじさんたちは

柚月さんの作品に出てくるような誠実なおっさんも実際はいないかもしれない。でもこういうおっさんがいたらいいなって思うし。

せっかくフィクションなんだから、そういうリアリティのなさはむしろ歓迎

 

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