赤のエースの好きなもの     ゼロのリクエスト


ゼロBD2020 カウントダウンSS    〜ゼロのお誕生日まで、あと2日〜


 クレイドルはすっかり秋めいて、街路樹も色づき始めている。

「……それでね、結局何を贈ればいいのかわからないままなの」

 アンリはそこまで話すと、エドガーが淹れてくれたハーブティーを一口飲んで、小さくため息をついた。

「なるほど、どなたに相談したのか伺っても?」

「えっと、スタンリー夫人と、レイリーさんと……」

 アンリはこの数日間にゼロの誕生日について相談した知人の名を思い出しながら挙げていく。総勢10名ほど。みんな親切に相談に乗ってくれて、それぞれがいろんなアドバイスをくれた。どれも役に立つ、参考になるアドバイスだった。それなのに、アンリはまだ具体的な案に辿り着けていない。

 ところが、どういうわけか。アンリが指を折りながら挙げた名前を聞いて、エドガーの笑みは深くなった。

「ふふ。みんな社交的で友人の多い人たちですね。ご苦労様でした」

 さらに、アンリをねぎらうようなことまで言う。

「でも、結局プレゼントは決まってないの」

「本人に尋ねてみればいいじゃないですか。『何か欲しいものある?』って」

「ええっ?」

 エドガーは、今までのアンリの努力を全否定するようなことを軽やかに言った。

「びっくりさせるつもりだったのに……」

 納得が行かず眉を寄せるアンリに、エドガーはいつものように言い聞かせる。

「だって何を贈ればいいのかわからないままなんでしょう?今の貴女にはサプライズは無理だってことです。アンリ、敗北したときはそれを認めないと前に進めませんよ」

「う……」

 エドガーの言うことはきっと正しい。祖父も昔、似たようなことを言っていた。

「わかった。サプライズは、諦める」

「来年も再来年も誕生日は来ますから。来年はサプライズの機会があるかもしれませんよ」

「うん。そうね」

 アンリはエドガーの言葉に励まされて、微笑んだ。

 今年は、ゼロに欲しいものを聞いてみることにしよう。

 なんとなく、ほんの少し、上手く言いくるめられてしまったような気もするけれど……。

「好きなもの?」

「うん。もうすぐお誕生日でしょ?欲しいものある?」

 リコスの散歩に行こうと、廊下を並んで歩きながら、思い切ってゼロに聞いてみた。

「うーん」

 すぐには思い浮かばないようで、ゼロはちょっと考えこんでしまう。

「本当はね、内緒でゼロの好きなもの用意してびっくりさせたかったの。でも、ゼロの好きなものってキャンディと剣しかわからなくて……ごめんなさい」

 アンリは少し落ち込みながら、正直に白状した。

「えっ?」

 ゼロが足を止める。

 見上げると、他のみんなと同じようにびっくりした顔をしていた。

 ゼロにまでびっくりされて、アンリもこれには驚いた。

(え、そんなにびっくりすることだったの?)

 アンリは情けなく眉を下げ、頬を両手で抑える。

「ごめんなさい……みんな知ってるのに、私だけわからなくて」

 ゼロが小さく笑った。

「本当に、わからないのか?」

 見上げたゼロは、気を悪くした風ではない。アンリの頭を撫でながら、微笑んでいる。でも、ちょっと困ったように眉を寄せてる。

「それは困ったな」

 髪を撫でる手も、アンリを見る瞳も優しくて、アンリはさらに申し訳ない気持ちになってしまって、俯いた。

 だけどやっぱり、ゼロの好きなものは思いつかない。

「……誕生日には、ピクニックに行きたいな。あのクッキーを持って」

 アンリは再び顔をあげた。

「ステンドグラスクッキー?」

「そう。また、作ってくれるか?」

「うん、もちろん……でも、そんなことでいいの?」

 クッキーぐらいいつでも作ってあげるのに。

「それがいいんだ」

 そう答えたゼロの笑顔がとても嬉しそうで、アンリはうんと美味しいクッキーとランチを用意することを心に誓った。

「わかった、任せといて」

 アンリはゼロへのプレゼントが決まったのが嬉しくて、ゼロはアンリに笑顔が戻ったのが嬉しくて、お互いにほっとして、微笑み合う。

 そんな二人の背後から、突然朗らかな声が聞こえた。

「なるほど、ピクニックですか」

 二人がびっくりして振り向くと、ヨナとエドガーとカイル、ランスロットまでが揃っていた。

「お前がそこまでピクニックが好きだとは知らなかった……わかりました、今年のお前の誕生日はピクニックで祝うことにしましょう」

「ちょっと、赤の軍の幹部の祝賀会とは思えないんだけど……、もう!仕方ないな、ピクニックランチは俺に任せておいてよ。とびっきり豪華なものを用意するから」

「青空の下でのむ酒っつーのもいいよな」

「ほう……ピクニックか」

 4人は口々に勝手なことを言っているようなのに、なぜか計画はあっという間にまとまってゆく。

 ゼロは何か言おうと口を開いたけれど、結局、一言も発することなく、脱力するように静かに肩を落としたのだった。

 こうして、10日後のゼロの誕生日は、兵舎の裏の丘にて、ピクニックで祝われることに決まった。

コメント