ゼロBD2020 カウントダウン 〜ゼロのお誕生日まで、あと1日〜
ルカは、足元に舞い落ちてきたポプラの葉を見て、ふと頬を緩めた。
(秋らしくなってきたなあ)
丸いスペードに似た形の葉が、鮮やかに赤く色づいている。
今夜は秋らしいメニューにしようかな。葉っぱを眺めながらぼんやりの頭の中のレシピを探っていると、突然肩を叩かれた。
「珍しいですね、こんなところで会うなんて」
「エド……」
学生時代からの友人が、にこやかな微笑を浮かべて立っていた。むしろ彼の方こそ、こんなところにいるのは珍しい。
それに、なんだか。
「エド、もしかしてすごく機嫌がいい?」
ルカがそっと尋ねると、エドガーはちょっと眉をあげた後で、笑い出した。
「ふふ、ルカにはわかっちゃいますか。もうすぐ年に一度の大切な日なので、浮かれてるのかもしれませんね」
「……ああ」
そうか。確か後一週間程で、彼の愛弟子の誕生日がやってくる。毎年彼はこの日を楽しみにしていた。
「今日は、そこのパティスリーにバースデーケーキのことで」
「もしかして、またあのレインボーカラーのケーキを頼んだの?」
「あれが誕生日のお楽しみですから」
あまり受け取り主は喜んでいるようには見えなかったけれど。
--いや、違う。
多分、彼はケーキというよりも、誕生日そのものを歓迎していなかった。
ルカの脳裏に、ぼんやりと学生時代の記憶が蘇る。
学生時代、エドガーは毎年彼の剣の弟子であるゼロの誕生日を祝っていた。
何度かその場面を見たことがあるけれど、いつもエドガーは上機嫌なのに、ゼロは憂鬱そうだった。
ゼロは普段から賑やかに騒ぐような学生ではなかったけれど、誕生日には殊更暗い表情をしていた。
ルカは、もしかしたら彼は誕生日が嫌いなのかもしれない、と思っていた。
あの頃のルカが自分の中に流れる深紅の血統を呪ったように。
もしかしたら、ゼロも、自分にはどうすることもできない、出生にまつわる何かを厭うているのではないかと思ったのだ。
真実はわからない。
ルカから何か尋ねることはなかったし、ゼロもエドガーも何も言わなかった。
ルカの知る限り、彼の誕生日を祝おうとするのはエドガーだけで、エドガーは不機嫌なゼロにお構いなく、毎年嬉しそうだった。
それについては、一度だけ聞いたことがある。
どうして本人が喜んでいないのに祝うのか、と。
「誕生祝いは、その日生まれた本人だけのものではありません。彼がその日、この世に誕生し、今ここにいることを喜びたい人のものでもあるんですよ」
エドガーは笑って答えた。
エドガーは、毎年心からゼロの誕生日を祝福していた。
ゼロにそれが伝わっていたかどうかはわからないけれど。
「実はね、さっきケーキをひとまわり大きなものに変更してもらったんです」
エドガーの声が、昔の記憶からルカを現在に引き戻した。
二人はスタンドで温かい飲み物を買って、噴水の淵に並んで腰掛けていた。
「彼の誕生日をお祝いする人が増えたので」
「えっ?」
エドガーは嬉しそうだ。
「じゃあ、ちゃんと誕生日をお祝いするようになったんだ」
「まあ、それなりにですね」
学生時代のゼロは、自ら孤独を選んでいるようでさえあった。
今の彼は、どんな風に自分の誕生日を過ごすのだろう。
「よかったら、ルカも来ませんか。今のゼロが、どんな風に自分の誕生日を受け止めるのか、興味ありませんか?」
エドガーが、ルカの心を読んだように、誘った。
「でも、俺はゼロとそんなに親しいわけでもない……」
エドガーを間に挟んだ、薄い繋がりだ。
「黒のクイーンも来るみたいですし」
「え、シリウスも?なんでまた」
「我が主の招待で。大魔法使いと黒のクイーンを呼ぶとおっしゃってました。だからね、そんなにかしこまった場ではないので、どうかお気軽に。俺の友人ということで参加してもらっても構いません」
エドガーはそう言うと、広場を行き交う人たちを眺めた。
「ねえルカ、半年前は、こうやって俺たちが並んでお茶を飲むなんてあり得なかった。クレイドルが平和になった今、黒の幹部が赤の幹部の誕生日を祝うのは、それなりに意義のあることだと思いませんか?」
「それは、そうかもしれないけど……」
ルカは、戸惑いながらも、ゼロの誕生祝いに参加することを了承した。
なんだか少しだけ、うまく言いくるめられてしまったような気もしていたけれど、それでも。
毎年一方的に愛弟子の誕生日を祝い続けていたエドガーが、今年は報われるような気がして。
多分、ただその姿を見たかったのだ。
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