仔犬のワルツ


 今年のゼロの誕生日は、去年の宣言通り、公会堂のホールで盛大に祝われることになった。

 アンリが来る前から、夜会の警備はエースの隊が引き受けるのが習慣になっていたので、礼服を来てフロアに立つゼロを見るのは初めてだ。

 だけどゼロは気負った様子もなく、ごく自然にアンリに手を差し出した。

「踊るか?」

「うん」

 条件反射のように乗せた手をゆったりと引かれ、ゼロの腕の中に納まる。アンリに手を差し出してから、音楽に合わせて踊り出すまで、もちろん踊っている間も、ゼロのリードは滑らかで完璧だった。

「ゼロ、ダンスが上手なのね」

 アンリは失礼にも驚きを隠せず、目を丸くして見上げた。

 ゼロは特に気を悪くした風もなく、いつもの笑顔が返ってきた。

「そうか。練習したからな」

 真面目なゼロらしい返答に、ん?と引っかかる。

 アンリがゼロと踊るのは初めてだ。

 練習?一体、誰と?

「誰と?」

 心に浮かんだ疑問が、そのままするりと口から出てしまった。

 ゼロは、一瞬言いにくそうに口をつぐむ。

「……知りたいか?」

「知りたい」

 別にやきもちを焼いているわけではないけれど、恋人として知っておいてもいいのではないかと思う。言いにくそうな様子が、ますます気に掛かる。

「……エドガーに教わった」

「へ」

 今度は間の抜けた声が出てしまった。

「あいつは女性パートも完璧に踊れる」

「……」

 すでに頭の中では、澄まし顔のエドガーが真剣な表情のゼロのリードでくるくると踊り始めている。ここで笑うのは失礼だろう。それはアンリにもよくわかっていたので、我慢する。我慢する、つもりだった。でも無理だった。

「あははははっ」

「そんなにおかしいか?」

「だって想像したら楽しくて」

「頼むから、あんまり想像しないでくれ」

 ゼロが困ったように眉を寄せる。

「ごめ、ごめんね、でも……あはははは」

 楽しそうに笑い続けるアンリを見て、ゼロも困り顔のまま笑い出した。

 朗らかに笑いながら踊る若い恋人同士に釣られるように、招待客たちもフロアで楽しげに踊り始める。

 すれ違う人々に、ゼロはごく自然な笑顔で会釈していた。他の人間と距離を取ろうとしていた頃の彼はもう見当たらない。

 アンリは未だ彼が赤のエースであることに不満を持つ人間がいることも知っている。それでも誠実なゼロが、いつか彼らの信頼を勝ち取るだろうと心から信じていた。たとえ時間はかかっても。

「学生時代にエドガーに基本的なことは教わっていたんだ。ここ数日はおさらいと称して毎晩特訓を受けていた」

「だからここのところずっと忙しそうだったのね」

 アンリは再び二人の特訓を想像して笑いだしそうになった。だけどその後に続いたゼロの言葉と少しはにかんだ表情は、それを止めるのに十分な威力を持っていた。

「女性と踊るのは、これが初めてだ。……うまく踊れているならよかった」

 アンリはただ、微笑んだ。ゼロの全てを肯定するように。

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