王子様とわたし   —第五話—


 赤のキングで妄想してみた その1 王子様とわたし —第五話—


 次に目を開けた時、シンシアが最初に目にしたのは、見慣れない天井だった。

 彼女にはついさっきまで地下牢にいたのに、まるで一瞬目を閉じただけで別の空間に移動したように感じられた。

「おっと!」

 混乱して飛び起きようとしたシンシアの肩が、やんわりと押し戻された。彼女の頭はまた枕に沈み込む。

 派手な男性が、人好きのする笑顔を浮かべ、覗き込んでいた。初めて見る顔だ。

「急に動かねー方がいいぜ。もうちょっとじっとしてな。おーい、カイル、お嬢さん目ぇ覚ましたぞ」

 ソファの軋む音がしたかと思うと、どかどかと慌ただしい足音がして、カイルが顔を覗かせた。

 カイルはシンシアの顔を見て、心底安心したようにホッと息をついた。

 派手な男性は、すぐにカイルに場所を譲ると、部屋を出て行った。

「カイル先生……私、どうしたんですか?」

「んー。ちょっとな、薬を飲まされたんだ。どこか痛いところや気持ち悪いところはないか?」

「ありません。あの、薬って……」

「んー……」

 カイルは手際良くシンシアの体温や脈を確認しながらも、歯切れが悪かった。

 一通りシンシアを診たカイルは顔を伏せ、長い長い安堵のため息をついた。

「よかった……俺はもうこんな仕事は二度とごめんだ」

「カイル先生?」

 カイルは気を取り直すように頭を上げると、いつもの頼もしい笑顔を見せた。

「診たところ問題なさそうだ。いいな、何か違和感があったらすぐ言うんだぞ。飛んでくるから」

 シンシアはまだ状況が飲み込めない。重ねて尋ねてもいいものか迷っていると、開いたままのドアをノックする音がした。

「お嬢ちゃん、大丈夫か」

「シリウスさん!」

 ドアのそばに立っていたのは、ガーデンで会った長身の男性、シリウスだった。

「ハールを信じてなかったわけじゃないが、あんたが目え開けてんの見て、やっと安心したよ」

 シリウスは微笑みながら部屋に入ってきた。

「何しろあんたは心臓が止まった状態で運び込まれてきたからな」

「えっ!」

 シンシアは今度こそ飛び起きた。

 思わず自分の胸に手を当てて鼓動を確かめる。

(あ、動いてる……)

 ほっと息をつくシンシアを見て、シリウスは小さく笑いをこぼした。

「ここは黒の兵舎だ。自分の家だと思ってゆっくりしてくれ」

「あの……、一体、どうして……」

 シンシアはすっかり混乱していて、何から尋ねればいいのかも分からない。

 戸惑う彼女を見て、シリウスは眉根を寄せた。

「もしかして、何も聞かされてないのか?おい、どう言うことだ軍医」

 シリウスは驚いてカイルを見た。

 カイルは再び深いため息をついた。

「あー……、すまん。だけどこいつに腹芸は無理だろう、と言うのがランスだけじゃなく、幹部全員の一致した意見だったんだ」

 カイルはそう言うと、シンシアに向き直り、頭を下げた。

「騙し討ちみたいなことをしてすまん。でも他にお前を安全に移動させる方法がなかった」

 カイルは難しい表情のまま顔をあげた。

「お前をうちの兵舎から脱出させるために、仮死状態になる薬を飲ませて運び出したんだ。赤の兵舎ではお前は亡くなったことになっている。一部の幹部以外は、今お前が生きていることを知らない」

 シンシアは予想もしなかった話を聞いて、少しの間声も出せなかった。

「カイル先生、……一体、兵舎で何が起こってるんですか?」

「兵舎の中に刺客が数名送り込まれた」

 シンシアは息を飲んだ。

「今兵舎の中は、どこに敵が潜んでいるのか、誰が敵なのかもわからない状態だ。俺たちはこれから全軍を上げて大掛かりなネズミ退治に取り組む」

 聡明なカイルの説明は端的でわかりやすく、シンシアは嫌でも危険な状況を理解させられた。

「奴らは赤の軍に私怨があって、最終的な狙いはおそらくランスだ。だけど相当タチの悪い奴ららしくてな。どんな手段に出るかわからない。それでまずお前を安全なところへ避難させるとランスが決めた。本来なら赤の軍に縁のないお前を巻き込むわけにはいかねえ」

 そこまで話したカイルが、シリウスを見た。

 シリウスが説明を引き継いだ。

「昨夜ランスとハールが突然訪ねてきて、お嬢ちゃんをしばらく保護して欲しいと頼まれた。あの薬はハールが調合したものなんだ。なるべく早く薬を中和したほうが良いってんで、カイルにはここで待機してもらってた」

「……ランスロット様はご無事なんですか?」

「今んとこな。……あーあー、んな不安そうな顔すんな」

 カイルが苦笑まじりでシンシアの頭にぽん、と手をおく。

「非戦闘部員の俺が言うのも何だけど、今の赤の軍は過去最強だ。すぐに片が付く」

 カイルは頼もしい微笑を見せると、立ち上がった。

「じゃあ、俺は帰るな。黒の軍の怪我人を診にきたことになってっからな。あんまり長居すると怪しまれる。とにかくお前は全部片付くまで、大人しくここにいろ」

 赤の軍のことは心配だが、自分にできるようなことは何もない。せめて邪魔をしないようにここにいるしかない。

 胸には大きな不安が渦巻いているけれど、それを力技で押し込めるように、シンシアは微笑みを浮かべる努力をした。うまく笑えたかどうかはわからないけれど。

「わかりました。カイル先生もお気をつけて」

 カイルはちょっと意外そうに目を見開いたが、すぐにその垂れ目を細めた。

「兵舎がキレイになったら迎えに来てやるよ。心配しなくていい」

 ひらひらと手を振る。

「じゃー、しばらく頼むな、黒のクイーン」

「うちは満月までずっといてもらっても構わないぜ」

 シリウスが笑いながら言うと、カイルは足を止めた。

「いや、そりゃ困るな。こいつはうちにいてもらわねーと」

 シンシアはあと一時間は大人しく横になっているように言われた。本などを読む気にはならないが、眠気が訪れるようなこともなく、ただぼんやりと過ごすしかなかった。

 昨夜地下牢で起きたことをもう一度頭の中で反芻する。

 恐ろしかった偽物の兵士。助けてくれたゼロとエドガー。

(多分、エドガーのくれたチョコレートの中に薬が入れられていたんだ)

 チョコレートを食べたあたりから、もう何も思い出せない。

 痛めた手首はいつの間にか手当てされていて、痛みもなかった。

 彼女はため息をつくと、自分が寝かされている部屋を見回した。大きな腰高窓のある、明るい部屋だ。白い壁に、可愛らしい花の絵が何枚か飾られている。ソファに並べられたクッションとカーテンは明るい空色を基調に揃えられていて、オーク材の丸みのある家具と相まって、優しい印象を与えていた。シリウスによれば、ここがシンシアに与えられた部屋だそうだ。

(兵舎の中にこんなに可愛い部屋があるなんて、ちょっと不思議……)

 シンシアが他にすることもなく、ただぼんやりと窓から見える空を眺めていると、ドアがノックされた。

 返事を返すと、トレイを持ったシリウスと、黒髪の若い男性が入ってきた。彼はシンシアを見て目を丸くした。

「本当だ、動いてる」

 きょとんとするシンシアを見て、シリウスが苦笑する。

「お嬢ちゃんが運び込まれてきた時は、本当に生きてるようには見えなかったんだ。ポタージュスープを持ってきた。飲めそうなら飲んでくれ」

 シリウスのトレイの上のカップから温かそうな湯気が上がっていた。

 シンシアの元までふわりとリークの甘い匂いがただよってきて、彼女は急に空腹を感じた。自分でコントロールする術もなく、お腹が返事をするように、ぐう、と鳴る。

「す、すみません……」

 シンシアは慌ててお腹を抑えた。

「生きてる証拠だ、早くのみな」

 シリウスが笑う。

 一緒に入ってきたもう一人の男性も可笑しそうに笑っていた。シンシアと同年代ぐらいだと思われるが、彼の緑の瞳は落ち着いていて、どこか老成したような印象を与えた。

 シンシアの視線に気づいた彼は微笑んだ。

「レイだ。レイ・ブラックウェル。キングだ」

 シンシアは慌てて姿勢を正そうとした。

「あー、そのままでいい。うちはそんな改まったところじゃないから。敬語もいらない。よろしくな、シンシア」

「よ、よろしくお願いします」

 シンシアは黒のキングの気さくな話し方に驚いていた。

 黒の軍は、赤の軍とはずいぶん気風が違うようだ。

 シンシアがスープを受け取り、ふうふうと冷ましながら飲んでいると、開け放たれたままのドアから、ひょこりと別の顔がのぞいた。

「あら、本当、動いてるわ!」

 目を丸くして呟いたのは、長身の、物腰の柔らかな男性だった。長い髪を後ろで一つに束ねている。彼は部屋に入ってくると、にっこりと笑った。

「黒の10、セスよ。よろしくね。何か困ったことがあったらアタシに相談してちょうだい。アタシはいつだって乙女の味方よ」

 彼はなぜか女性のような話し方をしたが、やけにそれが似合っていた。

「シンシアです、よろしくお願いします」

「お嬢ちゃん、スープを飲み終えたら、そろそろ起きてもいいぞ。歩き回る元気があるなら、兵舎を案内させよう。セス、頼めるか?」

「まっかしといて」

 シンシアは寝ているのには飽き飽きしていたので、喜んでこの提案を受け入れた。

 夜には黒の軍の兵士たちが和やかな歓迎会を開いてくれた。

 挨拶をして早めに静かな部屋に戻ってきたシンシアはほっと息をつくと、ベッドに腰掛けた。

(優しい人たちだったなあ)

 黒の軍の兵士たちは、皆シンシアが不安にならないように、何くれとなく気遣ってくれた。この可愛らしい部屋も、セスがわざわざシンシアのために大急ぎで整えてくれたらしい。

 食事はとても美味しかったし、歓迎会も楽しかった。

 だけどシンシアはため息をついてしまうのだった。

 不思議なもので、黒の軍の兵士たちが優しければ優しいほど、赤の兵舎が思い出された。

 早く、赤の兵舎に帰りたい。

(あの部屋で眠ったのは二晩だけなのに。昨夜は地下牢だったし)

 シンシアは知れず苦笑した。

 ロンドンの自分の家族よりも、今は赤の軍のみんなが心配だった。

 どうか、みんなが無事でありますように。

 ランスロット様が無事でありますように。

 ベッドに入ってからも心の中で祈り続けた。

 薬のせいで昼過ぎまで眠っていたからかも知れない。

 その夜は、浅い眠りしか訪れなかった。

 黒の兵舎の花壇は花盛りだった。色とりどりの花が、のびのびと気ままに咲き誇っているように見える。でもよく観察してみると、どの季節にも花が楽しめるように、種類の異なる花が緻密な計算の元に植えられていて、考えて造られた花壇だということがわかった。

 ジョウロの水をもらい、いっそう鮮やかになったポピーがまるで水浴びを楽しんでいるように見えて、シンシアは微笑んだ。

「悪いな、お嬢ちゃん、手伝ってもらって」

「いえ。楽しいです」

 シンシアはシリウスと並んで花に水をやっていた。

 最初に花壇の世話をしているのがシリウスだと聞いた時は、意外だと驚いた。でも今、花に水をやりながら葉の状態を確かめている様子は自然で、彼に緑と花はとてもよく似合っていた。

 シリウスは、花壇の世話をしながら、シンシアの慰めになるかはわからないが、と前置きして、ランスロットの話をしてくれた。

「同級生?」

「そう。14の時、寄宿学校で出会った。あいつはとにかくクソ真面目なやつだった」

 シリウスは懐かしそうに笑った。

 シンシアは14歳のランスロットを想像してみようとしたが、難しかった。

「ハールはその2年後輩だ。魔法についての研究発表をする大会があって、俺たち3人はそこでチームを組むことになった」

 大切な思い出なのだろう。シリウスは優しい表情のまま、クスリと笑った。

「ハールがまた、クソ生意気な後輩で。よく喧嘩した。それこそ取っ組み合いの」

「ランスロット様も?」

 シンシアが目を丸くして尋ねると、シリウスが愉快そうに笑った。

「ああ、あいつ喧嘩したことねーとかぬかしながら、強かったぜ」

(本当に、この人たちも14歳の男の子だったんだ……)

 シンシアは当たり前のことに驚く。

「男の子達が仲良くなる不思議な方法だわ」

「ああ、そうか、あんたは弟がたくさんいたんだな。そう。そうやって俺たちもお互いのことを知っていった」

「じゃあ、長いお付き合いなんですね」

 素敵ですね、と続けようとしたシンシアは、シリウスの表情が陰ったのに気づいて、口を閉じた。

「いや。つい最近まで、俺たちは対立していた。7年以上、俺たちはまともに口をきく機会さえ持たなかった」

 花を見ながら、シリウスは苦い微笑を浮かべた。

「……ハールさんが、ランスロット様と一緒にアモンと戦ったって……」

 シリウスが少し驚いてシンシアを見た。

「お嬢ちゃんはあの戦いの話を聞いたのか。そう、あの戦いまで、ランスはクレイドルのために独りで戦うことを選び、俺たちはあいつを独りで戦わせちまった。アモンの罠にはめられ、赤の軍と黒の軍は、一触即発の状態だったし、ハールはハールでランスロットが裏切ったと思い込み、傷ついていた」

 シンシアは赤と黒の軍が対立していたことを知らなかったので、再び驚かされた。

「赤の軍と黒の軍は対立していたんですか?」

 一触即発とは穏やかでない。

「500年前、赤黒に分かれたのは、まあ、言ってみれば思想の違いだ。その後も意見が食い違うことはあっても、俺たちが直接戦うようなことはなかった。だけど3ヶ月ほど前、先代の赤のキングの遺体が黒の領地で見つかった」

 シンシアは話の恐ろしさに体を硬らせた。

(そうだ、ハールさんは確か赤の軍は世襲制だって言ってた)

「先代の赤のキングって……」

「ランスロットの父親だ。赤の軍は俺たち黒の軍の仕業だと主張した。俺たちはもちろん潔白だったけど、仲間の中には、戦闘の理由をでっち上げるために赤の軍がやったのではないか、という奴も出て来た。まあ、……実はこれはあながち間違ってなかったんだな。ただし、赤の軍ではなく、両軍の開戦を望むアモンの仕業だった」

 悪い魔法使い、アモンの名前が再び出てきた。

「どうしてアモンは両軍の開戦を?」

「あいつの目的は、赤の軍に黒の軍を吸収させ、赤の軍を通してクレイドルを支配することだったからな」

 シンシアはアモンの卑劣さに眉を寄せた。

「全て後で聞いた話だが、あいつがキングに着任したとき、親父さんはアモンによって魂を抜かれ、植物状態にされた。アモンは自分に従わなければ、赤の軍の連中や俺たち、クレイドルの人々を同じようにするとランスを脅迫した。それからずっとアモンはあいつを脅し、あいつはアモンに従うフリをしながら、機を伺っていた」

 ゼロも、ランスロット様を独りで戦わせたと言っていた。軍の部下たちにも友達にも真実を明かさず、ランスロットは本当に孤独な戦いの中に身を置いていたのだ。

 みんなを、守るために。

 シンシアにとっては想像することさえ難しい、壮絶な孤独だった。

 シリウスはつい表情を曇らせてしまったシンシアを見て、励ますように微笑んだ。

「今回のことは、お嬢ちゃんにはとんだ災難だったが……あいつが、自分から俺とハールの力を借りたいと言ってきた。それが俺は嬉しい。それに、赤のキングが黒の軍にお嬢ちゃんの保護を依頼したことも、それをうちの仲間が心よく引き受けたことも、今のクレイドルにとってとても意味のあることだ」

 シリウスの言葉は温かい。

 シンシアは笑みを見せた。

「ランスロット様は、大丈夫でしょうか……」

「俺たちはどんな協力も惜しまないが、あいつは今回の事件は赤の軍が解決しなければならない100年来の問題だと言っていた。あいつがそう言うなら、俺たちは信じて待つしかない」

 シリウスの言うことはもっともだし、シンシアに何かできるわけではない。

 ただ、無事を祈るしかできない。

 無意識に俯いたシンシアの隣に、シリウスとは別の気配がした。

「シリウス、グレープシードオイルが切れそうだ」

 昨夜の歓迎会で、黒のジャックだと紹介された人物だった。確か、ルカと呼ばれていた。ほとんど言葉を交わさなかったし、スカーフに深く顔を埋めているので、シンシアは、まだ彼の顔をちゃんと見たこともない。

「ああ、昼過ぎには配達されるはずだ。ランチに必要な分が足りなかったら他のオイルで代用してくれ」

「わかった」

 ルカはシリウスの返事を聞くと、すぐに踵を返したが、もう一度振り返り、今度はシンシアを見た。シンシアは初めて彼の目をみた。

 火花が散っているようなアンバーの瞳。どこかで、よく似た瞳を見た気がする。

「赤のキングに何か仕掛けようと思ったら、まず赤のクイーンを倒さなくちゃならない。あいつは常にキングに張り付いているから」

 シンシアはルカが初めて彼女に話しかけてくれたので驚いたが、ただ黙って言葉の続きを待った。

「もし赤のキングが狙われているとしたら、今一番危険な場所にいるのは、赤のクイーンだ。だけどあいつは強い。……腹立たしいけど」

 黒のジャックは淡々と、でもキッパリと言い切った。

「ルカ……」

 シリウスが、仕方のないやつだ、というように微笑む。

 ルカは、それで話はすんだ、というように兵舎へ戻っていった。

「あの、ありがとう」

 シンシアは慌てて彼の背中に向かってお礼を言ったが、彼は立ち止まりもしなかった。 

 彼の言葉は、ランスロットは安全だと教えてくれているようにも聞こえたし、赤のクイーンを心配しているようにも聞こえた。

「おっと、危ねえ!」

「えっ!」

 ルカの背中を何となく見送っていたシンシアの頭が、突然シリウスに抑えこまれて、頭上を何かが勢いよく通り過ぎる気配がした。

 思わずジョウロを取り落とす。水がほとんど入ってなかったのが幸いだった。

「悪いな、お嬢ちゃん、驚かせて」

 恐る恐る顔をあげると、茶色い小さな生き物がシリウスの首のあたりに抱きついていた。しましまのぽってりした尻尾が垂れ下がっている。

「……アライグマだわ」

「ああ、チャツネっていうんだ。いつの間にかなつかれててな。こいつ時々無遠慮なタックルをかますから、気をつけてくれ」

 それはロンドンの動物園でみたアライグマと全く同じ姿をしていた。

 心持ち肩を落としてため息をついたシンシアに、シリウスが不思議そうに声をかけた。

「どうしたんだ、お嬢ちゃん」

「その……クレイドルはロンドンとは別の世界だっていうから……もしかしたら、クレイドルのアライグマはもうちょっと優美な生き物かもしれないって、ほんの少しだけ期待していたの」

 シリウスは目を丸くしてシンシアの言葉を聞いている。

「私の知ってるアライグマと全く同じだわ」

 シンシアはスカートを握りしめ、ほう、ともう一度悲しげにため息をついた。

 ほんの少し期待していただけのつもりが、思いの外ガッカリしている自分に気づく。

 シリウスはどこか痒いような顔をして、しばらく黙っていたが、やがて俯いたかと思うと小刻みに震え始め、もう我慢できない、というように笑い出した。

「ランスの言ったことずっと気にしてたんだな。俺はアライグマはアライグマなりに可愛いと思うぜ」

「私もアライグマは可愛いとは思うけど」

「なるほど、そうか。……お嬢ちゃんはランスに、優美だと思われたかったんだな」

 シリウスがやけに優しい顔で微笑む。彼はシンシアが自分自身でもよく分かっていなかった心の動きを、あっさり看破してしまった。

 シンシアはなんだか恥ずかしくなって目を伏せた。

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