愛さずにいられない —第十九話—


赤のエースで妄想してみた その1 愛さずにいられない —第十九話—


 ゼロの意識はまだ戻らない。

 アンリは夕べと同じように、ゼロの額を冷やし、汗をぬぐうことを繰り返していた。夕べと違うのは、時折、ゼロがうなされるようになったことだ。苦しそうに眉を寄せ、聞き取れないうわごとを口にする。何かを否定しているように聞こえたが、アンリにはわからなかった。

 カイルは、夢を見るようになったのだから、近いうちに意識が戻るだろう、と言っていた。

 アンリはそっとゼロの頭を撫でて、小さな声で繰り返す。

「ゼロ、ここは赤の兵舎だからね。大丈夫、リコスも、私もいるよ。エドガーも、ランスロット様も、カイルも……みんな、いるよ」

 ゼロの眉間のしわが解け、浅い息を何度が繰り返した後、呼吸は元どおり規則的なものになった。

 真夜中になった頃、再び部屋が青い光に満たされ、ハールが姿を現した。

「こんばんは、ハールさん」

「ゼロを診せてくれ」

 ハールはアンリの挨拶にかすかな笑みを浮かべると、夕べと同じように、不思議な輝きの魔法石を取り出し、ゼロの手に、自分の手を重ねた。しばらくして、ランスロットがドアから入ってきたが、ハールは振り向きもしなかった。ランスロットも何も言わず、ただハールを見ているだけだった。昨日と同じぐらいの時間が経った頃、ハールは深く息を吐くと、ゼロから離れた。

「明日、もう一度くる」

「待ってください、ハールさん!」

 姿を消そうとするハールをアンリは慌てて引き止めた。

「どうか少しでいいので、休んで行ってください。ホットチョコレートの用意がしてあるんです」

 事前にランスロットに、ハールはホットチョコレートが好物だと教えてもらった。アンリはとにかくハールの体が心配だった。魔力と生命力は同じだと、カイルは言っていた。

 ハールは戸惑うようにランスロットを見た。

「うちの看護師の親切を無下にする気か?」

「……いただこう」

 ハールは居心地の悪そうな困った顔をして、それでも近くの椅子に腰掛けた。

「ランスロット様もいかがですか」

「いただこう」

 アンリは手早く三人分のホットチョコレートを用意する。

 部屋の中に、似つかわしくない甘く芳醇な香りが満ちた。

 ホットチョコレートを一口飲んだハールの顔に、微笑みが浮かんだ。

「美味いな。ありがとう」

 アンリは微笑みを返した。

 ハールは、じっとアンリの髪飾りを見つめていた。やがて、そのグレーの瞳はアンリの顔を真っ直ぐに見た。

「君は、ゼロを……いや、ゼロのことをどこまで知っているんだ?」

(私の知っているゼロのこと……?)

「えっとゼロは、甘いものが好きで、辛いものが苦手です。剣がものすごく強くて、深紅の血統じゃなくでも、赤のエースです。でも、すごく努力をする人で、今も毎日、剣の鍛錬を欠かしません」

 ハールはなぜか不思議そうな顔になったが、アンリは気にせず続けた。

「すごく優しい人で、赤の地区でも助けたお年寄りや子供にとても慕われています。犬を可愛がっていて……」

 ハールが可笑しそうに笑い出した。

「ああ、それで十分なのかもしれないな……」

 ハールは笑ってアンリを見た。とても優しい顔だった。穏やかな微笑み方は、少しゼロに似ている。

 ランスロットの手が、アンリの頭に乗せられた。

 アンリが見上げると、ランスロットは困ったような微笑みを浮かべていた。

「お前は利口なのかとぼけているのかわからんな。……ゼロが魔法の塔出身なのは知っているな?」

「はい。14の時に魔法の塔を追い出されたと聞きました」

 魔力が尽きたから追い出された、とゼロは言った。

「魔法の塔は、魔法の研究機関だ。本来、魔法を人々のより良い暮らしに活用するための研究をしているはずだった。だけど一部の上級魔法学者は、公共の研究機関であることを隠れ蓑に、非人道的な研究を繰り返していた。魔力をもつ人間から、より強力な魔法石を生成するため、彼らは人体実験を繰り返していた」

 ハールの言葉に、アンリはぎゅっ、と自分のスカートを握りしめた。人体実験という言葉は、ひどくおぞましい響きを持つ。何度聞いても、体が冷えた。

「俺は14の時に魔法の塔にスカウトされ、特待生として、魔法の塔に入った。そこで研究を進めるうちに、彼らのやっている非人道的な実験を知った」

 アンリは、聞きたいことはたくさんあるはずなのに、何も言葉が出てこなかった。ランスロットも無言だった。

「彼らは、魔力を持つ子供をさらってきて実験対象にしていた。それだけではなく、…… 魔法で魔力を持つ人間をつくり出していた」

 魔法で人間をつくり出す。

「そんな……そんなことが、できるんですか?」

 アンリはかすれる声で聞いた。部屋が、ひどく寒く感じる。

「ほとんどの作られた子供は短命だった」

 ハールは、アンリの目ををまっすぐに見ていた。

「ゼロは俺が魔法の塔に入った時には、10歳の子供だった。懸命に他人の役に立とうとする、健気な子供だった。辛い実験にさえ、自分が役に立つのならと、耐えていた」

 痛ましげな表情でハールは言った。

 誰かの役に立ちたいと願っているのは、今のゼロと同じだ。

 今も彼は、赤のエースとして「役に立つ」ことで、自分の居場所を守ろうとしている。

 その気持ちは、多分、ゼロが抱えている寂しさからくるものだ。

 きっとゼロは気付いていないのだろうけれど。

「ある時、彼は魔法の塔から逃げ出そうとした。彼を、なんとか助けたかったが、――力が及ばなかった」

 ハールは苦しそうに顔を歪めた。

 それまで黙っていたランスロットが口を開いた。

「ハール。ゼロは、ローブを着た男たちに囲まれた時、首を押さえてひどく苦しんだらしい。あのタトゥーには、何か意味があるのか?」

 ハールは深いため息をついた。

「あのタトゥーには、魔法石が埋め込まれている。魔法石を使って相当な苦痛を与えることで、意のままに扱うことができるように。『しつけ』と称して、彼らはあのタトゥーでゼロを何度も痛めつけていた。おそらく、彼らはゼロをもう一度自分たちの仲間にしようと考えたのだと思う。赤のエースを取り込めば、強い味方になる。しかし、ゼロは従わなかった。彼らの魔力が足りなかったのか、ゼロの意思の強さが勝ったのか……。どちらにせよ相当な苦痛だったはずだ。その結果として、魔法攻撃にさらされることになったのだろう」

 ランスロットの瞳に静かな怒りがこもった。

 アンリの頬を涙が濡らしていた。

「ゼロは、ハールさんのことを覚えていないんですか?」

「ああ……今の彼には、もう必要のない記憶だ」

 ハールが再びつらそうな顔をしたので、アンリはそれ以上聞けなかった。

 ハールは冷めたホットチョコレートを飲み干すと、アンリに困ったように笑いかけた。

「すまない。君を泣かせるつもりはなかった」

 アンリは慌てて頬の涙を拭った。

「その……君が、ゼロに……思いを寄せているようだったので」

 ハールは気まずそうに目を逸らした。目元が少し赤い。

 アンリは、ただ俯いた。

「知っておいて欲しいと思った。彼が背負っているものを。だけど」

 ハールが言葉を切ったので、アンリは俯いていた顔を上げた。

「君がさっき話してくれたような、君が知っている、今のゼロだけで、十分だと思う」

 ハールは優しい微笑を浮かべていた。

「ホットチョコレートをありがとう。明日、もう一度来る」

 ハールは青い光に包まれ、姿を消した。

 アンリはゼロのそばに行った。

「ランスロット様、随分呼吸が安らかになっています。脈拍も安定しています」

 ゼロの状態は、目に見えて改善していた。

「そうか。俺は部屋に戻る。お前も無理はするな」

 ランスロットはゼロの状態を聞いて少し安心した顔を見せ、ドアから出て行った。

 アンリはゼロの頭をそっと撫でた。

「ゼロ、負けなかったんだね。すごいね」

 相当な苦痛だったろう、とハールも言っていた。

 子供の頃も、魔法学者たちに囲まれた時も。ゼロは、負けなかった。

 だから今、生きてここにいてくれる。まっすぐな心のままで。

「ゼロはいつも強くて、かっこいいね」

 こんな人、好きにならずにいられるわけなかった。

「ゼロ、大好きだよ」

 アンリの生まれて初めての告白は、誰にも届くことのないまま、夜の闇に溶けていった。

 ゼロが運び込まれて、4回目の夜。

 ハールはこれまでと同じように、夜半過ぎにやってきた。

 ランスロットもハールが来てすぐに、部屋にやってきた。

 ハールは今日は少し長く、魔法石が輝きを失ってからも、ゼロのそばにいた。アンリはハールの額に汗が浮かんできたのに気づき、ランスロットを見た。ランスロットが口を開こうとした時に、ハールが深く息をついた。

「もう、大丈夫だ」

 アンリはゼロに駆け寄った。ゼロは穏やかな寝息を立てており、熱もすっかり下がっていた。お礼を言おうとハールの方を見ると、ハールはまだ苦しそうな息をして、ベッドに両手をついて自分を支えていた。

ランスロットがハールを支える。

「部屋で休んでいけ」

「大丈夫だ。ホットチョコレートを飲んだら帰る」

 ハールはランスロットの手を振り払うようにして、椅子に腰を下ろした。深く息をつく。体が辛そうだった。アンリは急いでホットチョコレートを用意した。

 ホットチョコレートを受け取ったハールは一口飲んで、満足そうな微笑みを浮かべた。

「アンリ、よかったら君の知っているゼロの話をもっと聞かせてくれないか。彼は犬を飼っているのか?」

「ええ、レトリバーの子供です。半年前に警ら中に拾ったそうです。雨が降っていて放っておけなかったって」

 アンリはゼロやエドガーから聞いた話を思い出して、頬を緩めた。

「仔犬を育てるなんて初めてで、大変だったそうです。名前はリコスっていうんです」

「リコス?」

「そう。子供の頃好きだった本に出てきた、強くて立派なオオカミの名前なんですって」

「そうか……」

 ハールはどこか懐かしそうな目をしていた。

「ふふ。でもね、エドガーが言うには、ゼロが甘やかすから、すっかり甘えん坊になってしまったんですって」

「そうか」

 アンリは、穏やかに笑いながら話を聞いているハールの顔色が、紙のように白いのに気がついた。

「ハールさん、やっぱり横になって少し休まれた方が……」

 ランスロットも気遣わしげにハールを見ていた。

「大丈夫だ……迎えがくる」

「え」

 突然部屋が青い光で満たされた。これで何度目かわからないが、それでもアンリは慣れない。

「ハール、迎えにきたよ」

「あ!」

 青い光が消えて姿を現したのは、いつか酒場でアンリたちを助けてくれた男の子だった。今日はあの時よりも幾分幼く見える。

(やっぱり、随分若い男の子だったのね)

「久しぶりだね、お姉さん」

「ロキ、アンリと知り合いなのか?」

「以前、酒場で困っていた時に、助けてもらったんです。……あの時は、ありがとう」

「お前はまたそんなところに出入りして……」

 ハールが保護者の口調で咎めた。

「赤のキング、勝手にお邪魔してごめんなさい」

 ロキは小言を言うハールに肩をすくめて見せると、如才なくランスロットに挨拶した。

「弟子の方が礼儀を知っているな、ハール」

 ランスロットが微笑した。

「うるさい……ロキ、帰るぞ。アンリ、機会が会ったらまた会おう。ホットチョコレートをありがとう」

「またね、お姉さん、キング」

 ロキはハールに肩を貸し、支えるようにして、青い光とともに消えた。

「慌ただしい連中だ」

 ランスロットはため息をついた。

「ランスロット様も、ありがとうございました。ハールさんが無茶しすぎないように、見ていてくださったんでしょう?」

 ランスロットがいなければ、アンリもどうしていいかわからなかった。

 ランスロットは表情を和らげた。

「お前も無理はするな」

 青い光とともに、ランスロットも消えた。

(不思議な関係だな……どういう知り合いなんだろう)

 旧知だと言っていたが、詳しくは聞いていない。会話だけを聞いているととても仲が良いとは思えないが、毎晩ランスロットはハールが無茶をしないか見守っていた。ハールはランスロットに対してことさらぶっきらぼうだったが、やはり二人には信頼関係があるように見えた。

 その後ゼロは何度かうなされたが、明け方に、また夢を見ているように、眉を寄せた。

「ゼロ、大丈夫?」

 アンリが声をかけると、ゼロが目を開け、アンリを見た。ゼロの青い目を見るのは、久しぶりだった。

「ゼロ!気がついた?」

 アンリが駆け寄ると、ぐいっと強い力で腕を引かれた。

「え」

 あっという間に、アンリはゼロの腕の中にすっぽり収まっていた。

「お前、そ……か。あんまり、心配、かけ……」

 アンリの頭の上から、よく聞き取れないうわごとのような寝言のような声の後、穏やかな寝息が聞こえてきた。

(意識混濁……というより、もしかして、寝ぼけてる?)

「心配かけてんのはどっちだって話だよなー」

 アンリの声を聞いて駆けつけてきたカイルが、呆れた声を出した。

 カイルは手早くゼロの診察を済ませる。その間、アンリはすっぽりゼロの腕の中に収まったままだ。思いの外力が強いのと、無理な体勢のせいで、アンリは起き上がれない。

「カイル、この体勢、腰が痛くなる」

「んー、まあ待て待て」

 アンリの訴えを、カイルは呑気に受け流す。

「熱も下がった。呼吸、脈拍、全部正常。喜べアンリ、こいつはもう大丈夫だ。今日中に意識も戻るだろう。さー、今日は久しぶりに飲むぞー」

 アンリはカイルが酒の話を持ち出したことに、心底安心した。

「カイル、この姿勢のままではちゃんと喜べない」

「んー、そうかー?」

 カイルはゼロの耳に顔を寄せると、ボソッと何か言った。

 ふわり、とゼロの腕が緩んだ。アンリがそっと体を起こすと、ゼロは子供のようにあどけない顔で眠っていた。もう苦しんでいるような様子は見られない。

「かわいい顔しちゃってぇ」

 アンリは気が抜けたように呟いた。

「あとはこいつの体力の回復を待つだけだ」

 カイルがぽん、とアンリの肩を叩いた。

「お疲れさん。とにかくお前はまず休め」

「うん……」

 アンリは後ろ髪をひかれる思いで、ゼロを見る。できることなら、ゼロが目を覚ました時に、そばにいたいと思った。

「やーすーめー。お前に倒れてもらっちゃ困るんだよ、相棒。ゼロにそんなくたびれた顔みせんな」

「え、そんなくたびれてる?」

 アンリは慌てて自分の両頬を抑えた。

「あー、ひでーもんだ。目の下クマくっきり」

「うっ……わかった。お昼には戻るから」

「ゆっくり休め。こいつはどこにも行かねえよ」

 カイルの言葉に、アンリは笑顔を見せると、自分の部屋に戻ることにした。

 仮眠をとったアンリは、食堂でカイル用にスープとサンドウィッチをもらうと、トレーを抱え治療室に向かった。

 習慣で2、3回ノックしてから治療室に入る

「カイル、サンドウィッチもらってきたよ」

「おー、ちょうどいいわ。こいつさっきから腹減ったっつってるから」

「え?」

 治療室に添えつけられているソファを見ると、新しい制服を着たゼロが座っていた。アンリを見て微笑む。

「心配かけたな。すまなかった」

 アンリは声も出せず、ゼロから目を逸らさないまま、部屋に入り、トレーをローテーブルの上に乗せた。トレーを手放した途端、力が抜けた。そして、そのままへなへなと床に座り込んだ。

「アンリ?」

 待ち焦がれた青い瞳が、アンリを見ていた。

「どうした、大丈夫か?」

 アンリはくしゃり、と顔を歪めると、スカートを握りしめ、声を立てずに、子供のように泣きだした。

 ぼたぼたと大粒の涙が床に落ちる。

 怖かった。

 心細かった。

 もう、会えないかと思った。

 元気になったゼロを見た途端に、4日間抑え込んでいた不安な気持ちが溢れてきて、どうにもならなかった。

「ごめん、心配かけたな。もう大丈夫だ」

 すぐ近くで、アンリの大好きな、低く静かな声がする。

 アンリの前に座ったゼロが、そっとアンリの頭を抱き寄せた。シャワーを浴びたばかりなのだろう。ふわりと石鹸の匂いがした。アンリがそのままゼロの肩に頭を預け、再び涙が溢れそうになった時、ゼロのお腹がぐう、となった。

 びっくりしたアンリの涙も止まってしまう。

「……すまない」

 ゼロが気まずそうに言う。

「なんだよ、それ」

 カイルが大笑いする声が聞こえた。

「ふ、ふふ、お腹空いてたんだったよね」

 さっきまで泣いていたアンリは、今度は肩を震わせて笑い始めた。

「回復した証拠だよ。本当に良かった。消化のいいポリッジか何かもらってこようか?」

 涙を拭きながら笑ってゼロを見上げると、ゼロは安心した顔で微笑んだ。

 ゼロが立ち上がったかと思うと、急にがくん、と体が持ち上げられ、アンリは小さく悲鳴をあげた。すぐにゼロに抱き上げられたのだとわかった。ゼロは、アンリをそっとソファに座らせると、自分はソファの前に跪いて、アンリを見上げた。

「カイルに、お前がずっとついていてくれたと聞いた。ありがとう。心配かけてすまなかったな」

「ちゃんと帰ってきてくれたから、いいの」

 生きて、ここにいてくれるだけでいい。

「おかえり、ゼロ」

「ただいま」

 ゼロはアンリの手に自分の手を重ねると、そのまま口元に持ってきて、アンリの指先にキスを落とした。立ち上がりながら、アンリにだけ聞こえる小さな声で囁く。

「お前は、夢の中でも俺を助けてくれたんだ。……ありがとう」

 真っ赤になったアンリを残して、ゼロはトレイの前に座ると、スープを飲み始めた。

「4日間点滴だけだったんだ、サンドウィッチの方は様子見ながらにしろよー」

「わかった」

 ゼロはそう言いながらもスプーンを置くことなく、スープを飲む。

「アンリ、リコスもお前が見てくれているのか?」

「ううん、リコスはランスロット様が」

 ゼロががちゃん、とスプーンを取り落とした。いつもお行儀よく食べるゼロにしては珍しい。

「なんだって?」

「ランスロット様が見てくださってるの。マリクはエドガーと一緒に調査に出かけてるし、私は看病があるし」

「ランスロット様が……どうして」

「だってランスロット様とリコス、仲良しだから」

「え?……そう……なのか?」

 ますます混乱したようすのゼロを、アンリはきょとんとした顔で見る。

「ゼロ、安心しろ。リコスは執務室ですげー可愛がられているから。ヨナなんか散々文句言った後で、わざわざセントラルまで行って犬用のビスケットごっそり買ってきやがった。リコスはこの四日間でちょっと太ったぞ」

 カイルが笑った。

「ランスに預けるって言うのは最適解だったな、アンリ。あいつも毎日朝晩散歩にマメに行ってるぞ」

「リコスは、小さい時からランスロット様に時々遊んでもらってたみたいなの。すっかり懐いているから、大丈夫だと思ったの。……いけなかった?」

 混乱を極めた様子のゼロに、アンリが不安げに尋ねた。

「いや、その、ちょっと……すごく、予想外で……驚いただけだ」

「軍人が、そう簡単に動揺するもんじゃねーぞ」

 カイルは明らかに動揺しているゼロを見て愉快そうに笑っていた。

 ゼロは今ひとつ納得のいかない顔をしながらも、スープとサンドウィッチを平らげると、気合いを入れるように、よし、と言った。

「執務室に行ってくる」

 カイルがいつもの笑みを消した。

「いいな、ゼロ。ギリギリまで体は休めろ」

「……わかってるよ」

 ゼロは笑顔で答えると、医務室を後にした。

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