愛さずにいられない —第二十六話—


赤のエースで妄想してみた その1 愛さずにいられない —第二十六話—


 アンリは牢に戻ると、眠っていた女の子たちを起こした。

「そろそろここから逃げ出すわよ。みんな、準備をして」

 アンリの手には、ダリムからもらった牢の鍵が握られていた。

「いい?手をつないで逃げるわよ。絶対に手を離さないで。ただし、私がこれを出したら」

 アンリがそう言って、ポケットから「アンリ玉」を出した。

「すぐに口と鼻を塞いで、できるだけ息を止めて。ハンカチは持ってる?」

 6人の女の子が揃って頷いた。皆の顔に、希望と力強さが生まれている。

 アンリは牢の出口まで行って、そっと様子を伺った。見張りらしき男が1名。

 ――使い所を間違えてはいけないよ。

 ダリムの言葉に従って、アンリは慎重に、外の様子を観察し続けた。

 突然、奥の部屋が騒がしくなった。牢の中からは見えないが、青い閃光が何度か漏れ、人が魔法で移動したのがわかった。

「くそ、俺は魔法石での移動が嫌いなんだよ!」

 ぶつぶつ言いながら、ベッキーを担いでいた男が走っていった。

「おい、お前も来い!」

 見張りの男も引きずるようにして連れて行かれた。上で何かあったらしい。

(もしかしたら、助けがきたのかもしれない……)

 さっきまで騒がしかった奥の部屋は静まり返っていた。

「あのー、どなたかいらっしゃいませんか……?」

 アンリはわざとか細い声を出して聞いてみた。

 返事はない。どうやら皆地下から出て行ったらしい。

(きっとここが使い所だわ)

 アンリは鍵を取り出すと、牢の中の女の子たちに合図した。

 アンリは丈夫な制服のジャケットで巻きつけるようにしてミリーを背負った。右手にパティ、左手にベッキーの小さな手を握る。アニーは右手にジュリア、左手にクリス。7人は地上への階段をかけ登った。途中で足を踏み外しそうになったベッキーを、左腕で担ぐ。

「皆、ついてきてるわね」

「こっちは大丈夫よ、アンリ」

 アニーの力強い声がする。

 7人揃って階段を昇り切った。廃墟の出口まで後少しだ。

 しかし、階段を昇って、出口目指して走ろうとした時、正面に突然青い光が走り、銀髪の男が姿を表した。

 女の子たちが悲鳴を上げる。

「お前たち……くそ」

 男の瞳が色を変え始めた。

 その時、おそらく昨日の朝聞いたばかりの、ゼロの活躍がまだ記憶に新しかったのだろう。ゼロの「攻撃は最大の防御」と言う言葉がアンリの頭の中にあったのかもしれない。

 アンリは今度は躊躇わなかった。素早く滑らかな動きでポケットからアンリ玉を出すと、口で赤いピンを抜き、銀髪の男の顔に投げつけた。

 女の子たちは、みんな指示通りに、すでにハンカチで鼻と口を塞いでいた。

 銀髪の男の目が赤く染まりきる前に、「アンリ玉」は男の顔面で破裂した。

「ぐあ、なんだこれは……っ!」

 男は呻き声をあげ、倒れ込んで悶絶した。

 直後、男のそばにランスロットとハールが青い光を伴って現れた。

「なるほど、聞いてはいたが強烈な匂いだ」

 ハールが顔をしかめると、銀髪の男に手をかざした。匂いが消えた。アンリがほっとして息を吸う。女の子たちもアンリに倣って、ハンカチを外した。

 男がまだ涙を流しながら苦しんでいる様子を見ると、魔法で彼の周りにだけあの匂いを閉じ込めたらしい。

「ランス、こっちは片付いたぞ」

 シリウスが、ゼロ、エドガー、マリクと共に走ってきた。

「ああ、こっちも今……」

 ランスロットはそこまで言うと、ニヤリと笑った。

「アンリが仕留めたところだ」

 シリウスは目を丸くしてアンリをみた。

「勇ましいな、お嬢ちゃん」

 ゼロが、アンリを見て安堵の息をはく。

(助かった……)

 ゼロが、微かな微笑を浮かべた。

 アンリは膝から力が抜けそうだった。

 今すぐにでも、ゼロのところに行きたかった。

 けれど、女の子たちを無事家に送り届けるまでは、頑張らなくては。

 安心してこぼれそうになった涙を飲み込み、アンリはもう一度気合を入れ直す。

「みんな、助かったわよ」

 アンリの明るい声に応えるように、女の子たちが元気な歓声をあげた。

 揃って廃墟の外へ出ようとした時、突然、魔法石が貯蔵されていた部屋から、絶望的な嘆き声が聞こえてきた。

 みんなで顔を見合わせ、そっちの部屋へ向かった。女の子たちは疲れているので、マリクと一緒に外に向かった。

 部屋は暗く、ハールとランスロットが魔法で灯りを灯した。

 絶望的な声を上げていたのは、フィルだった。

 あげられた床板の傍に座り込み、フィルは涙を流して呆然としていた。

「あ、あれ……?」

 貯蔵庫には眩いばかりの魔法石が満たされていたはずなのに、今そこにあるのは、輝きを失ったただの石だった。

「昨日は魔法石だと思ったのに……見間違えたのかしら」

 あんなに眩しかったのに、そんなはずはないと思うけど。

 アンリの呟きを聞いたハールが、尋ねた。

「アンリ、君、昨日ここに来たのかい?」

「はい」

 ハールは言葉を選ぶように考えてから、アンリに尋ねた。

「魔法石を見て、何か考えたかい?」

「え?えっと……こんなにたくさんの魔法石はいらないから、なくなってしまえばいいって」

 5人が揃って、なぜか唖然とした顔で、アンリに注目している。

「だ、だって今クレイドルには十分な魔法石が流通してるって聞いていたし、小さな女の子を誘拐するような悪者たちが、たくさんの魔法石を持ってるなんて……よくないと思ったの」

 誰かに咎められたわけでもないのに、アンリは慌てて言い訳した。

「ふ、はは……」

 突然ランスロットが笑い出した。アンリはランスロットがこんなふうに声を立てて笑うのを初めてみた。

「お前はやはり利口だ、アンリ」

 ランスロットは腹を抑え、愉快そうに笑い続ける。

 わけがわからない様子のアンリに、シリウスが微笑んだ。

「ランス、ちゃんとお嬢ちゃんに説明してやろう。構わないな?」

 ランスロットは何も言わず笑みを浮かべたままだったが、シリウスにはそれが肯定だとわかるらしい。

 シリウスがアンリに向き直った。

「お嬢ちゃん、科学の国の人間にはな、元から魔法を無効化する力が備わってるんだ」

「魔法を、無効化……えっ!」

 初めて聞く話だった。

「何しろこの膨大な量の魔法石を石ころに変えちまうぐらいの力だ。魔法学者たちは警戒し、研究対象として科学の国の人間を狙っていた。だから、お嬢ちゃんがロンドンから来たことは、誰にも秘密だったんだ」

「じゃあ、これは、私がしてしまったことなんですか……。どうしよう」

 知らなかったとは言え、取り返しのつかないことをしてしまった気がする。

 今はただの石となってしまった、元魔法石の山を見てうろたえるアンリに、ハールが静かな声で語りかけた。

「アンリ、俺は君のしたことは正しいと思う。これは、元々アモンが許されない方法で……、魔力を持つ人間を犠牲にしてつくった魔法石だ。犠牲になった人々も、悪用されることは望んでいないだろう」

「ハールさん……」

「もとから、エドガーとゼロがアモンの魔法石を見つけた後は、お前に無効化を頼むつもりだった。もっと安全な状態で」

 そこまで言うと、ランスロットはまた笑った。

「お前が危険に飛び込んで行かないように黙っていたのだが、結局お前は無効化の力を知らなくても飛び込んで行ったな。ゼロも苦労の多いことだ」

「ごめんなさい……」

「今回は、お前は確かに良い仕事をした。だが、あまり危ないことはするな」

「はい」

 ランスロットは最後に笑いを消し、厳しい顔でアンリに告げた。

 アンリも、真面目な顔で受け止めた。ランスロットが心配し、真剣に叱ってくれているのが、ありがたかった。

 じっと貯蔵庫を見下ろしていたハールが独り言のように静かに言った。

「人の魔力から精製した魔法石は、通常の魔法石よりずっと強力だ。これだけあれば、クレイドルを吹き飛ばすことさえできただろう」

 アンリはハールの恐ろしい言葉にぞっとした。想像もしなかったことだった。

 クレイドルを魔法攻撃で吹き飛ばす。

 アンリは、アモンの片腕だったコールが、クレイドルを人質に、アモンの開放を要求してきたことを思い出した。

(そうか。もしかしたら……)

「ランスロット……お前は、ずっとクレイドルを人質にとられていたのか?」

 アンリの心に浮かんだ疑問を、ハールが口にした。

 ゼロとエドガーも、はっとした表情でランスロットを見た。

 ランスロットは物憂げな表情でじっと貯蔵庫を見下ろしていたが、やがて口を開いた。

「魔法の塔の上層部と赤のキングは昔から癒着していた。父はその繋がりを断とうとしたが、アモンに勝てなかった」

 クレイドルのために殉職したのだ。ランスロットの父もまた立派なキングだったのだろう。

「キングを継いだ時、俺の前にアモンが現れた。奴はお前たちの言う通り、クレイドルを人質に俺に傘下に入るよう告げた。奴の目的は赤の軍に黒の軍を吸収させ、赤の軍を通して、クレイドルを支配することだった。そんなことを許すわけにはいかない」

 シリウスがどこか痛むような顔で、ランスロットを見つめた。

「お前は、……アモンと刺し違えるつもりだったんだな」

 ランスロットの返事はない。

「ランスロット、なぜ、あの時言わなかった……!」

 ハールが声を荒げたのは今日初めてだった。それは、悲痛な叫び声だった。

 アンリは、この3人の関係を知らない。だけど、大切に思っている相手にしかこんな声は出せない。

 黙って聞いているつもりだったアンリは、口を開いた。

「ランスロット様、もしかして、ハールさんとシリウスさんも……、『人質』だったんですか?」

 ランスロットはアンリを見ると、微笑んだ。

「お前はやはり利口だな」

 ランスロットは微笑んだ顔のまま、再びシリウスとハールを見た。

 シリウスもハールも痛みを我慢するように顔を歪めていた。

「もうそんな顔をしてくれるな。今は一人でクレイドルを守るなど思い上がりだったと気づいている。事実、幕引きには、あの発明家も我が軍も黒の軍も必要だった。アンリ、お前の力もな。……だが、あの時の俺にはあれが精一杯だったのだ」

 それはどれほど孤独な戦いだっただろうか。

 シリウスが悲壮な顔のままランスロットを抱きしめた。

「シリウス、言っただろう。俺はお前と違ってこう言うスキンシップには慣れていない」

「うるさい」

 ハールも辛そうな表情で二人を見つめている。

 シリウスもハールも、初めて知った事実にまだ動揺し、戸惑っていた。二人が事実を受け入れるにはもう少し時間が必要なのかもしれない。

 だけどランスロットはどこか晴れやかな表情をしていた。

 悪い魔法は解けたのだ。

 赤のキング、ランスロットはこれからもクレイドルのために戦う。だけどそこには必ず彼の仲間がいるはずだ。彼が再び孤独な戦いに身を投じることはない。

 赤の兵舎に来てからずっと気になっていた謎が解けた今、アンリも晴れやかな気持ちで微笑んだ。

 外に出ると、悪者たちが縛られていた。20人ほどの集団だった。魔力を使える銀髪の男は、ハールによって魔力を封じられた。

 やはりその中にダリムはいなかった。

「ランスロット様、私ダリム・トゥイードルに会いました」

「何?」

 ハールも驚いてアンリを振り返った。

 アンリが二人に、ダリムが一味の中にいたこと、彼に鍵をもらったことを話すと、ハールが少し考えるようにした後で、魔法石を取り出し、目を閉じた。

「この辺を探してみる」

 ハールの足元から風が放射線状に広がっていく。

 何度か風が広がっていった後、突然、何かが弾けるような音とともに、ハールの持つ魔法石から火花が散った。たちまちハールの魔法石は輝きを失った。

「……逃げられた」

 ハールがため息をついた。

 ダリムは近くで様子を見ていたらしいが、ハールの捜索の魔法を振り切って逃げてしまったということだった。

 結局、その後も彼の行方はわからなかった。

 ハールはシリウスに頼まれて、黒の兵舎へ援軍を呼ぶ手紙を送った。ハールの手の中で、シリウスが書いた手紙は白い鳥に姿を変えると、淡い光を纏い、夜空に羽ばたいて行った。

 アンリと女の子たちは初めて見る美しい魔法に、歓声をあげた。

 ハールはびくり、と肩を奮わせると、女の子たちの集団から逃げるように、そっとシリウスの後ろに移動した。

「お前は相変わらずだな」

 シリウスが笑った。

 ランスロットも声を立てずに小さく笑っていた。

 ゼロは、女の子たちにキャンディを配っていた。その傍で、エドガーも鮮やかな色のグミを取り出した。

「こちらもよかったらどうぞ」

 パティは鮮やかなグミに目を輝かせたが、悲しそうにエドガーを見る。

「お家の人に食べちゃダメって言われてるの」

「内緒にしておきますよ」

 エドガーが微笑むと、パティは満面の笑みでグミをつまんだ。

 ジュリアがそっとエドガーの制服の裾を引っ張った。

「グミの王子様?」

「えっ?」

 きょとんとするエドガーに、ジュリアは説明した。

「アンリが言ってたの。赤の兵舎にはカラフルなグミが大好きな王子様がいて、動物の気持ちがわかるんだって」 

「ははあ、なるほど。どうも俺のことのようですね」

 エドガーがアンリを横目で見ながら答えると、ジュリアは顔を輝かせた。

「あのね、リリーが、ピアノの足を噛んで叱られるの。昨日はママの大事な靴を噛んじゃって叱られたの」

「リリーは仔犬?お家に来たのは春ごろですか?」

「そうなの!」

「なるほど。歯が痒いのかもしれませんね。何か硬いおもちゃをあげてみてください。牧場で牛の爪をもらえるといいかもしれません」

「ベッキーのお家牧場よ。じいちゃんに聞いてみる?」

「うん、ありがとう!」

 ベッキーとジュリアもエドガーのグミをもらって、笑い合っている。

 ゼロから最後にキャンディをもらったアニーは、小さな声でゼロに聞いた。

「キャンディの王子様は、アンリの王子様なんでしょ?ベッキーがこっそり教えてくれたの」

 ゼロは一瞬だけ目を丸くしたが、すぐにふっと表情を和らげた。

「ああ、そうだ。……勇ましいだろう、我が姫は」

 ゼロが、どこか誇らしげに微笑む。

「ええ、とってもかっこよかった!私もあんなふうに強くなりたい」

「普通のお嬢さんはそこまで強くなくていいと思うがな」

 ゼロの言葉に頬を赤らめていたアンリの後ろから、シリウスが茶々を入れた。

「もう、シリウスさん!」

 シリウスが喉の奥で愉快そうに笑った。

 穏やかな表情で皆を見ていたランスロットの制服を、ミリーがそっと引っ張った。

「注射の嫌いな王子様でしょ?」

「何?」

(あ、しまった……、調子に乗りすぎた!)

 アンリはその場から逃げ出したくなった。

「アンリが、赤の兵舎には注射の嫌いな王子様がいるって」

 シリウスとハールが笑い出した。

「あんなもの好きな奴はおらんだろう」

 ランスロットが憮然として答えた。ランスロットは「注射」と言う言葉さえも憎んでいる。

「ミリーもね、お注射だあああいっ嫌い」

 ミリーが顔を思いっきりしかめて見せた。

 ランスロットは笑ってミリーを抱き上げた。

「そうか。俺もだ。気が合うな」

 ランスロットとミリーが顔を見合わせて笑った。

 ほっとして微笑むアンリを、ランスロットは横目で見た。

「アンリ」

「はい!」

「後で全て報告するように」

「……はい」

 調子に乗りすぎた、と反省するアンリをよそに、シリウスが笑いを含んだ声で女の子たちに尋ねた。

「赤の兵舎には、他にどんな王子様がいるんだ?」

「えっとね、苺の大好きな王子様とか、お酒の大好きな王子様がいるんだよ」

 ベッキーが素直に答える。

 マリクがまた顔を真っ赤にして笑いを堪えていた。

「ようし、お嬢さんがた。せっかくだ、今夜は赤の兵舎の王子様に会ってきちゃどうだ。明日の朝、黒の領地まで送り届けてもらおう」

「おい。早く帰してやったほうがいいんじゃないか」

「もう夜も遅い。ここから近いのは赤の領地だ。それに、そっちには軍医もいるだろう。兵舎に彼女たちが休む部屋ぐらいないか?」

「それは用意できるが」

 女の子たちの顔は、他の王子様にも会ってみたい気持ちと、早く家に帰りたい気持ちで揺れている。でもみんな揃って疲労困憊していた。

 結局、ハールとランスロットが魔法で赤の領地まで女の子たちを送り届け、そこから馬車で赤の兵舎へ向かうこととなった。

「明日の9時に黒の橋で待っている。ランス、お前が責任持って、最短距離を通って連れて来いよ」

「……何を企んでいる」

「別に何も」

 言葉とは裏腹な不敵な笑顔を見せ、シリウスは縛られた連中を視線で示した。

「こいつらは任せろ。援軍が来次第、黒の兵舎に運んでおく」

 アンリは、ゼロたちと一緒に兵舎へ帰ることにした。

 ゼロには他の女の子たちと一緒に馬車で帰った方が楽ではないか、と言われたが、ハールもランスロットもアンリの気持ちを汲んでくれた。

 ハールがアンリたちを、あの不思議な塔のそばまで魔法で運んでくれた。アンリはハールが魔力を使いすぎでは、と心配したが、彼が持っている魔法石は特別製で、非常に強力なものなので、大丈夫だと言うことだった。

 不思議な塔は、夜の闇を背にほのかに光り、浮かび上がって見える。

 アンリが不思議な塔を眺めていると、隣に来たゼロが言った。

「あれが魔法の塔だ」

「あれが……」

 ゼロが、生まれ育った場所。

 今はクレイドルの魔法石の流通を司る、クリーンな機関に生まれ変わったが、かつては非人道的な研究を行なっていた場所。ゼロはあそこで過酷な時間を過ごした。

 今、ゼロの心にはどんな思いが去来しているのだろう。

 アンリはそっと隣のゼロの手を握った。

 ゼロは何も言わなかったが、ただアンリを見て微笑み、手を優しく握り返してくれた。

「ハールさんが魔法の塔の最高責任者だなんて知りませんでした」

 アンリの言葉に、ハールは微笑んだ。

「ついこの間までは、お尋ね者だった」

「え!」

 驚くアンリに、ハールの微笑みが深くなる。

 ランスロットと同じように、彼もまた戦っていたのだろう。

「お前はいつハールと知り合ったんだ」

 ゼロの問いに、アンリがどう答えようか迷っていると、ハールが助けてくれた。

「以前、ランスロットと一緒の時にたまたま会ったことがあるだけだ。髪飾りでお前の言っていた子だとわかった」

(髪飾り……?)

「ハール、どうしてお前はそんなに俺を気にかけるんだ?」

 ゼロの問いかけに、ハールは口を閉ざした。ハールはしばらく苦しげに眉を寄せて黙り込んだ後、自嘲するように言った。

「お前が気にすることではない。ただの……自己満足の、罪滅ぼしだ」

 ゼロはじっとハールを見ていたが、やがて口を開いた。

「お前にどんな事情があるか知らない。だけど、お前のおかげでアンリを助け出すことができた。……本当に、ありがとう」

 ハールは驚いた表情で、ゼロの真っ直ぐな視線を受け止めた。そして、少し懐かしげに目を細めた。何かを言いかけるように開いて、また諦めるように閉じられた口元に、ふと微かな笑みが浮かんだ。

「気をつけて帰ってくれ」

 ハールはそう言い残すと、青い閃光とともに姿を消した。

 そろって馬にのって帰ろうとした時、エドガーがアンリをじっと見て、言った。

「アンリ、その髪飾りはずっとつけていた方がいいですよ」

 そしてゼロの方を見る。

「いいリードが見つかって良かったですね」

「エドガー!」

 エドガーはコロコロ笑いながら馬に飛び乗った。

「アンリさん、俺も前から言おうと思ってたんですけど、その髪飾りとてもよく似合ってますよ」

「ありがとう!」

「ぜひずっとつけていて下さいね」

 マリクもそう言うと、馬に飛び乗った。

「この髪飾りがどうかしたの?」

 アンリが気になってゼロに聞くと、ゼロは微笑んだ。

「気にするな。お前のお守りだ……ずっとつけててくれ」

 ゼロはいつものように馬に乗ると、アンリに手を差し出した。

 アンリはゼロの助けを借りて、馬上の彼の腕の中におさまった。

 彼の胸にそっと頭を預ける。

 世界で一番安心できる場所。ここが、アンリの帰る場所だ。 

「ふふ」

「どうした?」

 思わず微笑んだ腕の中のアンリを、ゼロが不思議そうに見下ろす。

「今、やっと帰ってきたって気がしたの」

「そうか……」

 見上げるアンリに、ゼロが優しく微笑んだ。

「おかえり、アンリ」

「ただいま!」

 やっと帰ってこれた、ゼロの腕の中に。

 アンリは満面の笑みでゼロに抱きついた。 

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