9冊目|わたしを離さないで (著:カズオ・イシグロ)


 最近あんまり小説の紹介をしておりませんが、面白い小説には会ってたんですよ。ただネタバレなしで小説を紹介するのが難しくて、つい後回しに。これもな、面白かったんだけど、どう紹介していいのか分からなくて。何度も読み返せる本だけど、一回めはやっぱり何の前知識もなく読んで欲しい。

わたしを離さないで カズオ・イシグロ 土屋政雄 訳(ハヤカワepi文庫)

 主人公のキャシーは31歳、優秀な介護人。仕事は「提供者」と呼ばれる人々の世話。あと8ヶ月は今の仕事を続けて欲しいと言われている。彼女はヘールシャムという施設で生まれ育った。同じ施設で生まれ育ったトミーとルースも「提供者」だった。ヘールシャムは特別な施設で、自分がそこで育ったと思いたがる「提供者」もいた。

 物語はキャシーの施設時代の回想を軸に、彼女の一人称で進みます。思慮深くて不器用なキャシーにだんだん共感していきます。ヘールシャムの子供たちは施設の外へは決して出られません。そして施設の外から「マダム」と呼ばれる人が時々やってきて、彼らの図画工作の作品のうち、出来の良いものを選んで展示するために持って帰ります。

 読み進めていくうちに、全ての謎が解けるわけですが。

 読み終えたときの救いは、これがフィクションだということ。ドキュメンタリー映画を見ているみたいで、読んでるうちにフィクションだって忘れちゃったよ。それほど緻密な妄想。これだけ緻密な妄想を文章にして、書き終えた後、著者はちゃんと正気を保っていられたんだろうか、ってぐらいリアル。キャシーのヘールシャムでの思い出話が、特殊な環境なのに、生徒それぞれの心の動きとかが、よくある、誰もが共感するものだったりする。誰もが経験したことあるような。「提供者」は私たちと同じ。それがさらに読み終えたときに悲しい気持ちにさせる。

 偽物の希望でも子供たちには必要なのかとか、善意のボランティアをする人々の自己満足と無責任さとか、いろいろ考えた。どれも答えは出ないけど。

SFというには緻密すぎる。

近未来かなと思ったけど1990年代末が舞台になってる。羊のドリーがその頃だよね

ご主人様、キャシーは介護人の職を終えたら、提供者になっちゃうんですか?

いや、私の妄想では逃げる。逃げられるものからは逃げていい。生まれてきたらこっちのもん。

逃げて、逃げ延びて、生き延びて欲しい。ついそう願っちゃうよな。でも自分が提供される側でもそう願えるかはわからん。

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