元気のもと


赤のエースで妄想してみた その8 元気のもと


 緑が初夏の風に乗って薫る。

 ゼロは木陰に体を投げ出すようにして横になった。

 冷たい芝生が、心地いい。

 赤の兵舎のキッチンから続くハーブ園の裏。ここには人は滅多にこない。

 自分の隊の訓練を終え、次の新兵の特練が始まるまでの20分。中途半端な空き時間に部屋に戻るのは諦めて、ゼロはここで休憩することにした。

 よく晴れた青空が眩しくて、目を閉じる。

 ここのところずっと新兵の訓練を担当しているので、少し疲れている自覚はあった。昨夜も遅くまで書類仕事をしていたせいもあるかもしれない。

 ゼロは、そのまま眠りに落ちてしまった。

 優しいハーブの香りとともに、何かが唇に触れたような気がして、意識が浮上する。

 ゼロはゆっくりと目を開いた。

 いつの間にやってきたのか、アンリとリコスが、頭を並べて、覗き込んでいる。

 揃って同じ角度に少し首を傾げて、同じような表情でじっと自分を見つめている様子が可笑しくて、ゼロは何かをいう前に笑い出してしまった。

「なあに?」

 アンリがつられるように微笑んだ。

「いや……、俺は眠っていたのか?」

「うん。さっきハーブを摘みに来たら、ゼロが寝てるの見つけたの。訓練の5分前になったら起こしてあげようと思って待ってたの」

 アンリが手に握っていた懐中時計を見ながら言った。

「今何時だ……?」

 ゼロは上半身を起こしながら、アンリに尋ねた。腕をあげ、ゆっくりと伸びをする。

「3時20分。あと5分ぐらい横になっててもいいよ」

「いや、もう大丈夫だ」

 正味10分ほど横になっただけなのに、さっきより体が軽くなっていた。

 ずいぶん効率の良い休息が取れたものだ。

 そう思いながら、傍で微笑むアンリとリコスを見て気づく。

 ああそうか、きっと休息のせいだけじゃない。

 ゼロは自分の「元気のもと」に微笑みかけながら、いつもの習慣でポケットからキャンディを取り出そうとした。そこでふと、目覚めた瞬間のことを思い出した。

「……さっき、どっちが俺にキスしてくれたんだ?」

 ゼロが問いかけると、目を丸く見開いたアンリの頬が、見る見る赤く染まった。

「起きてたの?」

「あのキスで目が覚めた」

 こんなに真っ赤になっていては、白状しているのも同然だけど。

「……内緒」

 アンリは小さな声で答えると、きゅっと唇を閉じた。

 ゼロはつい笑い出したくなるのをぐっと我慢して、少しだけ残念そうに言った。

「教えてくれないのか?」

 アンリは真っ赤な顔のまま、困ったように眉を下げる。それから思い直したように、きゅっと唇を噛んで、頬を膨らませた。

「愛犬のキスと恋人のキスの区別がつかないなんて、どうかと思うの」

 彼女がこんなふうに憎まれ口をきくのは、恥ずかしがっている時。

 可愛くて、もう少しだけ困らせてみたくなる。

 憎まれ口をかわいいと思ったり、からかってみたくなったり、困らせてみたくなったり。

 自分の中に、今まで知らなかった気持ちが顔を出すたびに、ゼロは心の中でこっそり驚く。

 こんな気持ちを教えてくれるのは、彼女だけだ。

「そうだな。すまない。今度から絶対間違えないから、もう一度お前のキスを教えてくれるか?」

 微笑むと、アンリは今度は耳まで真っ赤になってしまった。

 ゼロは我慢できず、つい笑い出してしまう。

「からかったの?」

「からかってない。お前のキスが欲しいだけだ」

 腕を伸ばし、アンリの赤い頬をそっと撫でた。

 明るいブラウンの大きな瞳がゼロを見つめる。

 兵舎の脇から、ゼロを呼びに来た部下が、顔を覗かせた。アンリとゼロが一緒にいることに気づくと、にっこり笑って『後5分ですよ』のハンドサインを残し、アンリに気づかれないように引き上げていった。

 全く気の利く部下を持ったものだ。

 ゼロはなんとなく愉快な気持ちで目を閉じると、かわいい恋人からのキスを待った。

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