ゼロBD2020 お誕生日当日SS その1
「お誕生日、おめでとう!」
ゼロは今日一番乗りのバースデープレゼントを、両手でしっかり受け止めた。
絵:あおまる@aomal_1010z 様
――役立たずの失敗作が!
聞き覚えのある声とともに、目を開いた。
必死で走った後のように息が乱れていた。鼓動も苦しいぐらい激しく、思わず自分の手で強く胸を抑える。
――落ち着け。
深く深く息を吸って、全てを吐き出すように息を吐き切る。
すぐに動悸も息も落ち着き、意識もはっきりしてきた。
ゼロはゆっくりと起き上がった。
馴染みのある自室。
カーテンの向こうは薄明るい。
(そうか、今日は……)
リコスが気遣わしげに、いつもと様子の違う主人の手に鼻先を押し付けてきた。
「大丈夫だ……おはよう、リコス」
そっとリコスの耳の後ろを撫でてやる。気分を変えるようにもう一度だけ深く息を吐き、ゼロはベッドから出た。
14の誕生日に投げつけられた言葉は、まるで呪いのようにゼロの中に残っていた。忘れたと思っていても、時折こうして姿を現し、ゼロを憂鬱にする。
ゼロは自分にまとわりつく何かを洗い流すように、熱いシャワーの下に身を置いた。
誕生日は、必ずといっていいほどあの時の夢を見てしまう。
ゼロは自分の誕生日がずっと嫌いだった。
それはゼロが、許されない方法でこの世に生まれた日。自分の存在理由であったはずの魔力を失った日。そして、生まれ育った場所を追い出された日。
短命だった同胞たちの中で、なぜ自分だけがこうして生き延びているのか。
そんな答のない疑問を突きつけられる日だ。
ゼロにとって、自分の誕生日はとても忌まわしい日だった。
だけど。
ピクニック用のおいしいランチを用意するから、と張り切っていた彼女の笑顔を思い出す。
ゼロが生まれてきたことを、ゼロがここにいることを無条件に許してくれるような、優しい笑顔を思い出す。
心の中に日が射すように、明け方に見た陰鬱な夢の残滓がかき消されていった。
「よし」
ゼロは気合を入れるように声に出してそう言うと、シャワーを止めた。
――よし、今日を始めよう。
カーテンと窓を勢い良く開けた。
朝の冷たい空気を胸いっぱいに吸う。
空は晴れ渡り、雲ひとつない青空が広がっていた。
ゼロが初めて空をみた、あの日と同じ青空。
青空はあの頃の心細さや孤独を思い出させるので、ずっと嫌いだった。
だけど今は、空がきれいだと思える。
あの子が、ゼロに見える世界を、そして過去さえも、鮮やかに塗り替えてしまったから。
まるで魔法のようだ。
彼女は魔法のない国からやってきたというのに。
アンリの明るい笑顔を思い出し、ゼロも知らず笑みを浮かべていた。
するり、とゼロの足元にリコスがすり寄る。
「腹が減ったか?今何かもらってきてやるから」
髪を乾かしたらすぐに食堂へ行こう。
ゼロがタオルで頭を拭いていると、足元で大人しくしていたリコスが、ぴくりと何かに反応した。頭をあげ、ドアの方をじっと見る。
やがて、ゼロの耳にも軽やかな足音が聞こえてきた。
ゼロの口元に、自然と笑みが浮かんだ。
足音は、ドアの前で止まる。
ノックはなかなか聞こえない。
足音の主は、きっとゼロがまだ寝ているかもしれないと躊躇している。
ゼロは待ちきれなくて、タオルをかぶったまま、自らドアを開けに行った。
「どうした、入ってこないのか?」
「わっ、びっくりした!おはよう、ゼロ」
アンリが、大きな目をさらに見開いて、それでも明るい笑顔を見せた。
「おはよう」
いつもの朝の挨拶の後で、彼女はひと呼吸おいて、勢い良く腕の中に飛び込んでくる。
「お誕生日、おめでとう!」
ゼロは今日一番乗りのバースデープレゼントを、両手でしっかり受け止めた。
「ありがとう」
「私、一番乗り?」
「そうだな」
満足げな笑顔に、ついつられてこっちも笑ってしまう。
「魔法みたいだな」
「えっ?」
彼女はきっと知らない。
ゼロが誕生日をこんなに明るい気持ちで迎えるのは、初めてだ。「おめでとう」の言葉に素直に「ありがとう」と返せたのも。
「いや……何かいい匂いがするな」
アンリが嬉しそうに笑った。
「ずっとキッチンにいたから。食堂が忙しくなってきたから、9時まではキッチンが使えないの。でも、準備は順調」
チキンも煮物もできたし、サラダとフルーツの用意もできた。クッキー生地も寝かせてる。
アンリが指を折りながら説明するのを、ゼロは楽しい気持ちで聞いていた。
「ずいぶん早起きしたんじゃないか?」
「今日は特別な日だから」
「……楽しみだな」
リコスの食事を持ってきてくれたアンリを部屋に招き入れ、ドアを閉めようとした時。
元気の良い挨拶が追いかけてきた。
「おはようございます、隊長」
「あー、やっぱりアンリさんに先をこされたかあ」
「隊長、お誕生日おめでとうございます!」
エース隊の小隊長、マリクとジョエルだ。
二人は大きな花束を抱えていた。
だけど近くでよく見ると、それは花のようにラッピングされた棒付きキャンディの束だった。
「うちの隊員からです。隊長といえばキャンディだなって全員一致でした」
花束に添えられたカードには、隊員全員からと思われる寄せ書きがびっしりと書き込まれていた。
「……ありがとう。よく俺の誕生日を知っていたな」
「今年初めて知りました。アンリさんが隊長のプレゼントに悩んでいたから」
どうやらアンリは、マリクたちにも相談していたらしい。
「でも、それは俺たちだけじゃないみたいですよ」
「えっ?」
「おはようございます、隊長!お誕生日おめでとうございます」
二人の後から、マリクの部下たちがカートを押しながらやってきた。カートには色とりどりのリボンのかかった箱が載せられている。
「主に領民の皆さんからですけれど、黒の領地からもセントラルからも届いています」
そうゼロに伝えるマリクの笑顔は、とても誇らしげだ。
「あら、本当。アニーたちからのもあるわ」
以前、事件に巻き込まれた時に助けた、黒の領地の少女からのカードを見つけ、アンリが嬉しそうに教えてくれる。
「今もまだ、お祝いが続々と届いていますよ」
「みんな、ゼロの誕生日を喜んでくれているのね」
はしゃぐアンリと誇らしげな部下たちを前に、ゼロはどう反応していいのかわからなくて、ただ、途方にくれたように立ち尽くした。
「ふうん、このために君はアンリに『いろんな人に相談してみては』なんて言ったんだ」
少し離れた場所からゼロたちの様子を見ていたヨナは、隣のエドガーを横目で見た。
「せっかく彼が誕生日を祝われる気になったんだから、たくさんの人に祝って欲しいなと思って」
エドガーはいつものしれっとした笑顔で答える。
「それにね、俺はただ彼の誕生日の情報をほんの少し流しただけですよ。これは彼が今まで、誠実に領民に向き合ってきた結果です」
「……わかってるよ。それがゼロのやり方だってことは」
ヨナはため息まじりに答える。それでも、口元には笑みがうかんでいた。
「……全くじれったくて、歯痒いやり方ですけどね」
「全くうまくないやり方だけどね」
二人は視線だけを合わせ、密かに笑い合った。
ヨナの目に映るエドガーは、ゼロよりずっと嬉しそうだった。
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