今日は特別な日    ピクニック 1


ゼロBD2020 お誕生日SS 


 朝から次々届けられていたプレゼントが、徐々にペースダウンし始め、やっと落ち着くことができたお昼前。

 大きなバスケットを下げたアンリが部屋に誘いに来てくれた。

 左手には彼女の力作がぎっしり詰まった重たいバスケット、右手にはアンリの手。足元で戯れるリコスを連れ、目指すは兵舎の裏の丘。

 ゼロは幹部たちとのピクニックがどうにも想像できなくて少し戸惑っていたが、アンリがずっと上機嫌ではしゃいでいるので、だんだん彼も華やいだ気持ちになってきた。

「楽しそうだな」

「うん。みんなでゼロの誕生日お祝いできるのが嬉しい」

「そういうものか?」

 ――俺はどちらかというと、二人で静かに過ごしたかったけど。

 ゼロの心の声は、もちろんアンリには聞こえない。

 彼女は無邪気な笑顔のまま答えた。

「今日はゼロが生まれてきたことをお祝いする日でしょ。みんなゼロが生まれてきて、今ここにいてくれることが嬉しいんだよ」

「……そうか」

 足元で戯れるリコスが、アンリの言葉に賛同するかのように、はしゃいだ鳴き声をあげる。

 優しい言葉に背中を押されるようにして、ゼロは初めてのバースデーパーティーの会場へ向かった。

 予想していたよりずっと賑やかだった。

 赤の軍の幹部だけだと思っていたのが、黒の軍のクイーン、ジャック、エースの3人、さらにハールまでいる。シャインやクリーク一家、グウ、シュシュもいた。この分だと小さなパインもどこかにいるに違いない。

 シュシュが駆け寄ってきて、リコスと一緒に遊び始めた。

 いつも遊びにくるなだらかな丘は、常緑の森に囲まれていて、さらに遠くに険しい山が見える。山の天辺はすでに白くなっていた。丘のあちこちに咲く小さな花が、秋らしい色を添えている。

 そんな景色がよく見渡せる平地部分に、ピクニック用のブランケットは敷かれていた。人数に合わせてとても広い範囲に敷き詰められている。傍に用意されたテーブルにはご馳走とワイン、グラスもたくさん。

「これは、準備が大変だったんじゃないか」

 ゼロが呟くと、いつの間にかそばに来ていたエドガーが、こともなげに答えた。

「お前の部下が喜んで働いてくれましたよ」

「え」

「マリクとジョエルが中心になって、あっという間にセッティングしてしまいました」

 今朝早く、ゼロの誕生日を祝うために駆けつけてくれた部下たちの笑顔が浮かぶ。彼らは、とても嬉しそうだった。

「……あいつらもここにいれば良かったのに」

 そんな言葉が思わず口をついて出た。

 考えてみれば幹部だけが揃っているこの場所は、彼らには緊張を強いるだけかもしれないけれど。

「……そう思うなら、ゼロ。来年はホールで正式に祝う場を設けるが良い」

 静かな声に振り向く。

 ランスロットは、穏やかな表情で、ゼロの傍のバスケットに目をやる。

「お前自身はおそらくそのバスケットだけで満足なのだろう」

 アンリが詰めてくれたバスケット。今年の誕生日、唯一ゼロが望んだもの。

「しかしお前の誕生日を祝いたいと望む者は大勢いる。お前ももうわかって良いはずだ。彼らにもお前の誕生日を共に喜ぶ機会を与えてやれ」

 ランスロットの静かな言葉は、アンリの優しい言葉ときれいに混じり、すとん、とたやすくゼロの心に収まった。

「はい」

 ゼロの素直な返答に、ランスロットは微かに、満足げな笑みを浮かべると、今度はエドガーに言った。

「そろそろ黒のジャックを助けてやった方が良いのではないか」

 ランスロットの視線を辿ると、いつの間にか追いかけっこが始まっていた。

 追いかけっこの先頭を走るのは無表情のルカだ。輝くような笑顔でルカを追いかけるヨナは、後に続くシュシュやリコスと同じぐらい生き生きと幸せそうだった。2人と二匹は、広い丘を駆け巡っている。

「やれやれ。黒のクイーン、ご協力いただけますか?」

「了解だ」

 エドガーとシリウスが、二人の方へ駆け出した。

「元気だなあ、あいつら。それよりさっさと乾杯しようぜ。ランス、これ開けるぞ」

 ランスロットが頷くと、カイルはスパークリングワインの瓶をクーラーから取り出した。

「いいもんだな、堂々と飲む口実があるってのは」

 いつもと変わらない呑気な口調に、ゼロは笑った。

「口実がなくてもいつも飲んでるだろう、お前は」

「それもそうだ」

 弾むような音とともに、コルクが勢い良く青空へ飛んで行った。

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