今日は特別な日   ピクニック 2


ゼロBD2020 お誕生日当日SS その3


 ランスロットの発声で乾杯したあとは、順にプレゼントが贈られた。

「俺たち黒の軍からは、まずはこれ」

 ルカが平たい箱をそっと差し出した。

「リクエストのあったピーチパイ。口に合うといいけど」

「ピーチパイ!」

 隣にいたアンリが嬉しそうな歓声をあげる。

 ゼロはつい笑ってしまった。

 黒の軍の3人は一瞬きょとんとした顔になる。それから、シリウスとフェンリルが笑い出した。

「なんだ、あんたお嬢ちゃんの好物をリクエストしたのか」

「どうしよう、ゼロの誕生日のプレゼントのつもりだったのに……」

 ルカがなんだか困った顔になってしまった。

「すまない、その、ケーキにはあまり詳しくなくて……」

 でもアンリが美味しいと喜んだ食べ物は覚えている。だからエドガーに、ピクニックのデザートのリクエストを聞かれた時、ピーチパイと答えたのだ。

「ルカ、お嬢ちゃんがあれだけ喜んでるんだ、上等なプレゼントだろ」

「そうなのか、な……?」

 ルカはちょっと釈然としない表情のまま、パイを切り分け、配っていく。

「んん、美味しい……!」

 大きな一口を頬張ったアンリはとろけそうな笑顔を見せた。

 シリウスの言った通り、ピーチパイはゼロにとっても最高のプレゼントになった。

 アンリがあんまり美味しそうに食べるので、ルカも嬉しそうに、はにかんだ笑顔を見せた。

「うちの料理できない組からはこれだ」

 フェンリルが差し出したのは、リボンのかかった細長い、重厚な印象の箱だ。

 許可を取って開けてみると、中には短剣が入っていた。

 一目で上質のものだとわかる。

 取り出して柄を握ってみると、しっくりとゼロの手になじんだ。重さもちょうどいい。

「……これは……いい短剣だな」

「だろ?一緒に選んだレイとセスが、今日は来れなくて残念がってた。誕生日おめでとうって伝えてくれって」

「そうか……、ありがとう」

 短剣はベルトに付けられるように、革の鞘がついていた。

 しばらくは短剣を握って重さを確かめたり、革の手触りを楽しんだりしているゼロを見て、フェンリルは満足げに笑った。

 なんだか申し訳なさそうにハールが差し出したのは、可愛らしくラッピングされたバスケットに詰められた、棒付きキャンディだった。

「その……他に、君の好きなものがわからなくて」

「ありがとう、キャンディは大好きだ。よく知っていたな。アンリに聞いたのか?」

 ハールは答えず、ただ、微笑んだ。

「君が、幸せな日々を送ることを祈っている」

 月並みな誕生日の挨拶の言葉なのかもしれない。それでも、誠実なその言葉はゼロの心に静かに染み入った。

「……ありがとう」

 ゼロは、キャンディの入ったバスケットを、その言葉と共に大切に受け取った。

 ランスロット、ヨナ、エドガーが差し出したのは厚みのある封筒だった。

 ゼロが許可をとって封を開けると、中から手書きのチケットらしきものが10枚ずつ出てきた。横長の厚手の紙に、それぞれのサインがしたためられている。

「これは……?」

 ヨナが胸を張って答える。

「もちろん、俺たちからの、『手合わせ券』だよ」

「手合わせ券」

 ランスロットが説明を足した。

「アンリが、お前は剣の手合わせの時とても嬉しそうだと言った。しかしお前からは手合わせに誘いにくいようだから、作ってみたのだ。お前がこのチケットを用いた時は、余程火急の用でもない限り、応えてやろう」

 どうやらこのチケットによって、ランスロット、ヨナ、エドガーと手合わせができるらしい。それぞれ10回ずつ。

 それは、とても嬉しい。

 今すぐにでも使いたいぐらいだ。嬉しくて、頬が緩んでしまう。

「ありがとうございます」

 3人は、ゼロを見て驚いた顔になった。

 ランスロットが、珍しく声をたてて笑う。

「ふ……そうか、お前はそんなに手合わせが好きなのか」

 そして、カイルは赤ワインのボトルを差し出した。

「俺はそっちじゃ全く役に立たないからな。月並みだけど、お前の生まれ年のワインだ。みんなに振る舞う分も用意してあるけど、これは今夜ゆっくり飲めよ」

「今夜?」

「これがもう一つのプレゼントだ」

 ランスロットが鍵を差し出した。

「東の郊外にある、別荘を一晩貸してやろう。最近はほとんど使っていないから多少ほこりっぽいかもしれないが、月始めにいつも管理人が掃除をしている。それほどひどい状態ではないはずだ。お前とアンリに休暇をやろう」

「仕事は引き受けた。明日はゆっくりしてくるといいよ」

 ヨナとエドガーが笑う。

 ゼロがためらっていると、ランスロットが再び口を開いた。

「ゼロ、実は我々は少し心配しているのだ。アンリにお前の好きなものがわからないのは、お前にも原因があるのではないか?」

 深刻な口調のわりに、ランスロットの目にはちょっとからかうような色が浮かんでいて、ゼロは、自分の頬が熱くなるのを感じた。

「二人でゆっくり過ごして、アンリに正解を教えてやれ」

 ランスロットの唇が綺麗な弧を描く。

「なかなか粋なプレゼントするじゃないか、ランス」

 シリウスがランスロットの肩を叩いて笑った。

 隣のアンリを見ると、「楽しみだね」と無邪気に笑ったので、ゼロは少しくすぐったい気持ちで微笑み返し、ありがたく別荘の鍵を受け取った。

「さあ、ではお待ちかねのバースデーケーキですよ」

 上機嫌なエドガーが、歌うように言いながら大きな箱を開けると、いつもより二回りぐらい大きな、でもゼロには馴染みのあるカラフルなケーキが現れた。

 日頃食べ物として見ることはほとんどない、毒々しいと言っていいほど鮮やかな色合いのケーキ。それでもクリームのデコレーションや装飾は驚くほど繊細だから恐れ入る。その細やかさが、かえってケーキを食べ物ではない、何か別のもののように見せている。

 ルカとエドガー以外は、初めて見るそのケーキにしばし唖然としていた。

 無理もない、とゼロは思う。

 ゼロは、毎年必ず口にしているので、味は普通のケーキだと知っているが、それでもこの目に刺さるような鮮やかな色合いを口にするのは抵抗があった。

「ちょっとエドガー、これ『マグノリア』のじゃないか」

 ヨナがケーキにかかっていたリボンを見て、驚いた声をあげた。

「ええ、いつもあのパティスリーに特別に作ってもらってるんです」

「君、あの天才パティシエにこんなもの作らせてるの?」

 ヨナが信じがたい、と怒りだす。常に予約が殺到しているような人気店で、ヨナのお気に入りらしい。

「こんなものとは失礼だなあ。彼は日頃できない冒険ができて嬉しいと毎年俺の注文を大歓迎してくれていますよ」

 エドガーは楽しそうにケーキを切り分け、みんなに配っていった。

 みんなはケーキの皿をとりあえず受け取ったものの、じっとケーキを眺めたまま、口にするのを躊躇っている。

 そんな中、アンリがパクリと大きな一口を食べ、目を丸くした。

「あれっ、美味しい!」

「美味しいに決まってるよ、マグノリアのケーキなんだから!」

 それまでためらっていたヨナも、ケーキを見ないように目を閉じて一口。

 顔をほころばせる。

「んん、悪くないね。やっぱり味はマグノリアのケーキだ」

 二人の様子を見て、みんなも一口ずつ食べ始めた。

 ゼロも、なるべくケーキを見ないようにして一口。

(……あれ?)

 毎年、食べているケーキなはずなのに。

 今年はなんだか味が違う。

 不思議な気持ちで、もう一口。

 やっぱり、味が違う。

「バースデーケーキはね、大勢で食べると美味しくなるんですよ」

 エドガーが、ゼロにだけ聞こえるような声でささやいた。まるで、ゼロの心を読んだみたいに。

 ゼロは、彼にたくさん言いたいことがあるような気がしてエドガーを見た。 

 だけどエドガーの、いつも通りの余裕の微笑を前にすると、ひとつも言葉は出てこない。仕方なく、また前をむいて、ケーキを口に突っ込んだ。

 エドガーが少し笑ったような気もしたけれど、気がつかなかったことにした。

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