ゼロBD2020 カウントダウン 〜ゼロのお誕生日まで、あと5日〜
クレイドルの短い夏が惜しまれながら過ぎてゆく。
誰もが心の片隅に、ほんのりとした寂しさを感じてしまう季節。
ランスロットは、窓の外を眺めていた視線をヨナに戻した。
今、赤の兵舎の執務室には数の大きい幹部が集まっていて、ヨナはその中心で熱弁を奮っている。
「だって彼は正真正銘赤の幹部なんだよ?ホールを貸し切って盛大にするべきだ」
「だけどなー、本人が気が進まないって言ってんだろー?それじゃ本末転倒じゃねーか?」
カイルにやんわりといなされて、ヨナが悔しそうに唇を噛んだ。
「だけど、彼は幹部なのに……そんなんだからっ」
ヨナの言いたいことは皆わかっている。
赤の軍は原則として世襲制だ。深紅の血統を持たないゼロが赤のエースになったのは、異例中の異例だった。それが、ゼロをひどく難しい立場にしている。
彼が赤のエースに着任したのはランスロットの判断だ。
着任当初はともかく、現在では幹部はもちろんのこと、一般兵士もほぼ全員が彼を赤のエースとして認めている。軍内部で異を唱えるのは、何も知らない新兵や、まだゼロとの縁が浅い一般兵士ぐらいだ。
武人であれば、彼の剣の腕を見れば、誰もが納得せざるを得なかった。
しかしこれが剣を知らない領民となると、ちょっと厄介だった。
どのような事情があろうと例外を嫌う人間はどこにでもいる。「現在の赤のエースが深紅の血統ではないこと」に不満を持つ有力者が数名。そしてその取り巻きたち。
彼らはことあるごとに、「苦言」と称して、ゼロが赤のエースであることに不満を唱える。
主に矢面に立つのはキングであるランスロットで、彼はただ受け流していたし、他の幹部たちも適当にあしらっていた。
本当は、大して事情も知らない外部の人間が、共に戦う仲間を貶すのを聞くのは、不愉快極まりなかったけれど。
そもそもゼロ本人が持つ「不必要な遠慮」が彼らに付け入る隙を与えているのも事実だった。
「ヨナ、お前がゼロの誕生日を祝いたい気持ちはよくわかった。しかしカイルの言う通り、本人の望まない形で祝っても仕方がなかろう」
「我が主人、でも……」
ヨナがまだ何か言い募ろうとした。
いつもならランスロットの叱責が飛ぶところだが、ランスロットの表情は穏やかなままだった。
「ヨナ、お前の気持ちはわかっている」
ヨナはくやしそうな表情のまま、黙り込んだ。
ランスロットの言葉通り、おそらくはこの場にいる皆がヨナと同じ気持ちを共有していた。
彼は壮絶な努力の末、誰にも文句を言わせない実力で、赤のエースの座を掴み取ったのだから、赤のエースとして、堂々と祝えば良い。
それなのに、彼は赤のエースとして表舞台に立つのを避けようとする。
幹部たちはただ、歯痒い気持ちを飲み込んだのだった。
これは、ゼロ本人にしか解決できない問題だとわかっていたから。
公正さを愛する潔癖なヨナには、なかなか耐えがたい状態だろう。
だが、それでも。
ランスロットは気を取り直すようにエドガーに向き直った
「エドガー」
「はい」
「何か良い方法でゼロの誕生日を祝う場を設けてくれ。今年は祝うぐらいは許してくれるだろう」
「承知いたしました」
エドガーは、いつもと変わらない笑顔で答えた。
だが、それでも。
一人の女の子と出会ってから、ゼロは変わった。これからも、きっと変わっていく。
だから、ランスロットもエドガーも見守っている。もう少し待ってみようと思っている。
これが、今からひと月程前の出来事。
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