今日は特別な日   ピクニック 3


ゼロBD2020 お誕生日当日SS  その4


 待ちかねていたように、リコスがゼロの膝の上に飛び乗った。

 ゼロは笑いながら、リコスを撫でてやった。

「別にお前のことを忘れていたわけじゃない」

絵:あおまる@aomal_z1010 様

「シャインは耳の後ろから首の辺りを指でなでられるのが好きだ。やってみよ」

「はい」

 ゼロはおっかなびっくりで、そっとシャインの耳の後ろを撫でてみた。

 シャインが目を細め、自分の頭をゼロの手に押し付けるようにした。そのまま首の辺りを撫でてやると、ゴロゴロと喉を鳴らし始める。

 ゼロは思わず安堵の息を吐いた。

 アンリをはじめとして、固唾を飲んで見守っていた皆も、ほっと息をついたのがわかった。

 シャインに続いて、みんなが連れてきた動物たちを撫でさせてくれる。どうやら最初からそのつもりで、それぞれが一緒に暮らす動物たちを連れてきてくれたのだとゼロも気づいた。

 ゼロは、動物が好きだ。

 だけどずっと縁がなかったので、接し方がわからない。リコスと暮らし始めた頃も、戸惑ってばかりだった。

 きっとそれを、アンリが皆に伝えてくれたのだろう。あるいは、エドガーが。

 皆は、どんな風に接すれば彼らが喜ぶのか、ゼロに丁寧に教えてくれた。

 リコスよりひとまわり小さいシュシュは、尻尾の近く以外、どこを撫でられても喜んだ。

 グウは、鼻の上を引っ掻くように撫でられるのが好きらしい。

 パインは、頭から尻尾の近くまでゆっくり指を滑らせてやると、気持ちいいらしく、ゼロの手のひらの上で、溶けてしまったようにペッタリと平べったくなった。

 ストーンは逆にお腹を撫でられるのが好きだった。ルカの手の上で、無防備に仰向けになる姿は可愛らしかった。

 エドガーがゼロの頬をつつくと、クリーク一家が勢揃いでゼロをつついた。

 こんなにたくさんの動物に囲まれたのは初めてで、ゼロは動物たちに夢中になった。

 ハールは、楽しそうに目を輝かせるゼロの様子を眺め、そっと微笑む。

「そうか、彼がそんなに動物が好きなら、俺もスウや、森の動物たちを連れてくればよかったかな」

「そうだな、俺もチャツネを……」

「おい待てオッサン、冗談でもやめてくれ」

 ゼロが一通り動物たちを撫で終えると、待ち兼ねていたようにリコスがゼロの膝の上に飛び乗った。

 ゼロは笑いながら、リコスを撫でてやった。

「別にお前のことを忘れていたわけじゃない」

 リコスは満足げに目を細め、音がしそうなほど尻尾を振っている。

「ゼロが他の子なでてる間、ずっと心配そうにうろうろしてたの」

 アンリが、リコスに笑いかけた。

「よかったねえ、リコス」

 ゼロはリコスを撫でている手とは逆の手を伸ばして、そっとアンリの頭を撫でた。

「……私は別に、拗ねてないよ?」

「俺が、撫でたかっただけだ」

 秋の午後は、緩やかにすぎていく。

 リコスは遊び疲れたのか、ゼロの膝の上でうとうとし始めた。

 ルカがポットから注いだ温かいハーブティーを差し出しながら、生真面目な表情で言った。

「二人を見てて、シリウスの言ったことがわかったんだ」

 アンリとゼロは、カップを受け取り、続きを待つ。

「ゼロが喜ぶと、アンリも嬉しそうだった」

 大真面目に、ルカは言った。

「ゼロがプレゼントを喜ぶたびに、隣で同じようにアンリもすごく喜んでた。好きな人が喜ぶと、そんなに嬉しいものなんだね」

 だからプレゼントはピーチパイで正解だったんだね、と。ルカは、附に落ちた、という表情で深く頷いた後で、少し照れたように微笑んだ。

「ルカ、大人になったねえ。兄様はルカが嬉しいと……」

「あんたは黙ってて」

 ルカの真っ直ぐな言葉は、少し面映い。

 そっと隣のアンリを見ると、アンリもゼロを見上げていた。

 目が合うと、アンリは花が咲くように笑う。

 今日一日、アンリはずっとそばに寄り添っていていくれた。

 人が大勢いる分、言葉を交わすことはいつもより少なかった。それでも、彼女の方を見ると、いつでも楽しそうな笑顔が返ってきた。

 ゼロが嬉しい時に、ずっと隣で一緒に喜んでくれていたことを思うと、愛しさが募った。

 クッキーを齧りながら、ゆっくりと辺りを見回す。

 少し離れた大きな木の下では、ランスロットがハール、シリウスと談笑していた。彼のあんなにくつろいだ表情は珍しいと思う。

 カイルはすっかり酔い潰れて、ワインボトルを抱きしめたまま、気持ちよさそうに眠っている。

 眠るカイルに毛布をかけてやるフェンリルと目が合った。彼は『しょうのない奴だな』と言うように、笑ってみせた。

 エドガーはルカとヨナの間に座って、ルカを一生懸命構おうとするヨナを、いつもの笑顔でいなしている。

 ルカは澄ました表情で静かにハーブティーを味わっている。

 今日ここに来てくれたみんな。

 朝、駆けつけてくれた部下たち。

 兵舎にゼロ宛の誕生日のプレゼントを送ってくれた人々。

 今日は、思いがけずたくさんの人が、ゼロの誕生日を祝ってくれた。

 ゼロが、この世に生まれ、今ここにいることを祝福してくれた。

 ゼロはふわふわと高揚した気持ちで空を見上げた。

 頭上には、あの日と同じ、晴れ渡った青空が広がっていた。

 ゼロが、他の人間とは違う形でこの世に誕生したという事実は消えない。

 なぜ自分だけが生き延びたのかという疑問の答も見つからないままだ。

 だけどそれでも、今日の青空はとてもきれいだ。

 次の誕生日が来たら、14のあの日ではなく、今日のことを思い出したい。

 いつの間にか。

 独りで生きていくしかないのだと気負っていたゼロの世界は、本当に、いつの間にか。

 ゆっくりと、音も立てず、静かに、密やかに。

 ゼロ本人さえ気づかないうちに、こんなにも。

「……いい誕生日だな」

 ゼロの呟きを聞いたアンリが、今日一番の笑顔を見せた。

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