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魔界のハロウィンは、殿下の誕生祭。誕生日当日と、前夜祭、後夜祭合わせて3日間、魔界のあちこちで殿下の誕生日を祝い、彼を讃える祭典やパーティーが催される。
ここ魔界での「ハッピーハロウィン」の挨拶は、「殿下お誕生日おめでとう」と言う意味らしい。
だけど当の殿下は、誕生祭の間はずっとお城に閉じこもっていると聞いた。祭りの最中に殿下が街に現れると、皆が集まって大変なことになってしまうから。殿下は、皆が心置きなく祭りを楽しめるように、この期間は外出を控える。
魔王城で、街から聞こえる祭りの喧騒に耳を傾けながら、きっと殿下は微笑んでいる。それでもやっぱり、その姿を思うと寂しかった。
だからみんなで相談して、当日の午前中は「視察」の名目で殿下と街を歩いて、午後は魔王城で殿下の誕生パーティーを開くことにした。「視察」にしたのはベルフェのアイデアで、仕事中なら皆も少しは遠慮して声をかけづらくなるだろうから。メゾン煉獄の3人にも協力してもらって、当日は殿下が囲まれてしまわないように、がっちりガードすることになっている。
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まだ午前中だというのに、気の早い打ち上げ花火の音があちこちで鳴り響き、賑やかな音楽が聞こえてくる、前夜祭の日。
わたしは迷っていた。
まだ殿下へのプレゼントが決まらない。
バルバトスのおかげできっと舌は肥えてるし、そもそも次期魔王なら、自力で何でも手に入れられそうだ。それなのに、ピクルス以外ならなんでも喜んで受け取ってくれそうなところが、また悩ましい。
(何がいいかなあ……)
いつまでも部屋で悩んでいても埒があかない、街に出て探してみようか。そんなことを考えていると、ルシファーが呼びに来た。
「今から魔王城に行く。君も一緒に来るように」
「お誕生会は明日でしょう?」
尋ねると、ルシファーはちょっと眉を寄せ、困り顔になった。
「今日は今日で手伝うことがあるんだ」
「お手伝い?」
パーティーの準備はお任せください、とバルバトスは言っていたけれど。
とりあえず、殿下に会えるのは嬉しいし、その上バルバトスお手製の豪華ランチ付きだというので、二つ返事で魔王城についていくことにした。
ルシファーの煩わしそうな表情だけはちょっと気になったけど。
🐉3
8人揃って魔王城を訪れたわたしたちを、万能執事が綺麗な微笑で出迎えてくれた。
「どうぞ、坊っちゃまは温室の方においでです」
広い城の中、バルバトスの案内で温室へと向かう。
「MCは魔界のハロウィンは初めてですね。街の様子はご覧になりましたか?」
「ここに来る時に、沈黙通りを通ってきた」
今月に入ったぐらいから、RADの行き帰りに街が飾り付けられ、だんだんハロウィン仕様に変わっていく様子を、わくわくしながら眺めていた。今日は通りにもたくさんの出店が並んでいて、賑やかだった。
「そういえば広場には何もなかったけど、ずっとあのままなの?」
通りが店で賑わっているのと対照的に、沈黙通りの突き当たりにある広いスペースは飾り付けもなく、ぽっかり開いたままだった。あんなに広いスペースを放ったらかしなんて、なんだかもったいない。
「すぐにわかりますよ」
「あっ、もしかして、何かサプライズがあるの?」
わたしが期待に満ちた声で尋ねると、バルバトスは笑顔のまま、小首をかしげる。
「サプライズと言えばサプライズですが……。今年はみなさんお揃いで心強い限りです」
よくわからないけれど、バルバトスはそれ以上説明してくれなさそう。
隣のアスモに尋ねてみる。
「ねぇ、今年は、ってことは、毎年みんな来てるの?」
「ルシファーは毎年手伝ってるけど、ぼくは暇な時だけ!ベールとマモンはほぼ皆勤賞かな」
お手伝い。そういえば、ルシファーもそう言っていた。
——一体何を手伝うのだろう?
「ベルフェゴールとレヴィアタンは初めてですね」
そう言ったバルバトスはなんだか嬉しそうだった。
「まあ、たまには……?」
ベルフェは頬を掻きながら、ちょっと気まずそうに、そっぽをむいてしまった。
「ぼくはただの賑やかしだけど。昨日の殿下の活躍を労いたくて」
超巨大なドラゴンを二人で協力して倒したのだ、と上機嫌のレヴィがいつもの早口で説明し始めた。
断片的に理解できた部分を組み合わせると、レヴィと殿下が近頃ハマっているソーシャルゲームのイベントでタッグを組んだそうで、昨夜はほぼ一晩中二人でドラゴンを狩り続け、チームがランキング一位に躍り出たのだという。
「……なるほど。昨夜早々に自室にお戻りになったはずの坊っちゃまが、なぜ今朝あんなに眠そうだったのかがわかりました。何かお悩みがあるのかと心を痛めておりましたが、全く心配はいらないようで安心いたしました」
バルバトスの口元は変わらずきれいな弧を描いているけれど、目は笑っていない。
ルシファーが、そっとため息をついてこめかみを抑えた。
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