🐉5
「毎年みんなベリアルと戦っているの?」
「妨害に対応すんのは殿下とルシファー。俺らは周りに被害がいかないようにガードするぐらい」
わたしの質問には、マモンが答えてくれた。
「まあ殿下がいれば僕らは見学してるだけだもんね」
「そんなことないよ、レヴィアタン。皆にはいつも助けられている。もちろん君のことも、頼りにしている」
殿下の言葉に、レヴィが赤くなってもごもごと口籠もる。
「あの、ごめんね、わたしまだ戦力にならなくて」
わたしの魔術は伸び悩んでいて、ほとんどまだ使い物にならない。
「別にお前に戦力なんて期待していない。そもそも今日だって『バルバトスの豪華ランチ』につられてホイホイついてきただけだろう」
ルシファーが意地悪そうな笑みを浮かべて言う。
「う、それはそうなんだけど……」
返す言葉もない。
バルバトスが控えめに笑った。
「みなさん、出かける前に腹ごしらえをしておいた方がいいですね。用意してきましょう」
ベールが無言のまま輝くような笑みを浮かべ、全身から喜びを漂わせた。
だけどバルバトスがたどり着くよりも早く、ドアが勢いよく開き、傷だらけのエントが飛び込んできた。
身体中あちこちに引っ掻き傷をつくり、血を流している彼の姿を見て、思わず息を飲む。
「三界融和に反対する連中が城に押しかけてきて……」
エントが息を切らしながら、必死に説明した。
バルバトスが顔色を変えた。
「侵入者がいれば分かるはずなのですが……、すぐに見てまいります。坊っちゃまはどうかここにいてください」
彼は共に様子を見に行こうとした殿下を部屋に押し留めると、駆け出して行く。
「ディアボロ、MCを頼む。お前たちも来い」
続いてルシファーが兄弟たちを引き連れて出て行った。
温室には殿下と傷だらけのエント、そしてわたしの3人だけが残された。こんな時、まだほとんど魔術が使いこなせず、戦力にならない自分が悔しい。
「エント、大丈夫?」
わたしはせめてエントの手当てをしようと、座り込んでいる彼のそばにしゃがんだ。
彼が小さくごめんね、と呟く。
謝る必要なんてない、エントは被害者だ。そう伝えようと開きかけた口を、突然何かが塞いだ。
口だけではない。何か帯状のものがシュルシュルと素早くわたしの体に巻きつき、締め付けた。見ると、巻き付いているのは、緑の厚い葉だ。温室にあった暗黒ストレリチアの葉が大きく伸び、わたしの全身に隙間なく巻き付いていた。巻き付いた葉に持ち上げられ、つま先が床から離れていく。自重で体が余計に締め付けられて、苦しい。
「MC!」
「動かないで!」
駆け寄ろうとした殿下に、エントの鋭い声が飛んだ。
わたしに巻き付いた葉の締め付けが強くなり、苦しさに思わず呻いた。
「動くな、ディアボロ。君が指一本でも動かしたら、もちろん魔力を使おうとしても、このストレリチアは彼女を締め付ける。儚い人間なんて、すぐに縊り殺されてしまうよ」
「エント、やめるんだ……」
殿下の声と共に、また締め付けが強くなった。息がしづらい。
殿下は苦しむわたしに気づいて、口を閉ざした。
「そう、声を出すのも駄目だよ、ディアボロ。君と話すことはない。仕方ないんだ、僕にはもう他に選択肢はない」
大変な事態だとわかっているのに、苦しくて、何も考えられない。
エントが口の中で何かを唱えた。彼の右手に、銀に光る剣が現れる。
「これで、君を封じることができる。そうしたら彼女のことは放してあげる。彼女に恨みがあるわけじゃない」
やめて。
叫びたかったけれど、声はでない。
殿下の表情には恐怖も怒りもない。ただ、悲しそうだった。
ああ、そうか。
次期魔王が、ここでエントに封じられることはできない。
だから、エントを。
わたしという人質がいなければ、なんとかなったかもしれないのに。殿下の心がまた傷を負ってしまう。
泣く資格なんてないのに、視界が涙でにじんだ。だけど目を見開く。せめて、目をそらさないでいる。
殿下一人に、背負わせない。
エントが、剣を構えた。
「そこまでです」
バルバトスの声と、何かが鋭く空を切る音がした。
エントが短く呻いて剣を落とす。
ふと体が楽になると同時に、落下した。葉がまとわりついたままなので、手足も動かせない。芋虫のよう格好のまま、衝撃を予想して身をすくませる。だけど床に叩きつけられる寸前に、ふわりと体が浮いて、誰かに抱き止められた。
巻き付いた葉が乱暴に引き剥がされる。
「大丈夫か、MC。ごめん、こんな目に合わせてしまって」
「……殿下」
「無事でよかった」
わたしを抱きしめた殿下の肩越しに、エントを抑えつけているバルバトスの姿が見えた。
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